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翌日、寝ぼけ眼で朝食の席につくと、両親から揃って苦い顔を向けられた。リオはトーストにバターを塗りながら目をぱちくりさせる。
「どうかしたの。朝からいやに不機嫌だね」
「見世物を見たそうだな」
「え?」
「事前に視察に行くべきだった。控え室までの道のりに、見世物の檻がずらりと並んでいるだなんて!」
「かわいそうに。おそろしかったでしょう」
両親は眉根を寄せてリオを労った。リオは「余計なことを」という思いを込めて背後のイーサンを睨む。彼が報告をしたのに違いなかった。イーサンは「当然」という顔でしれっとしている。
「どうする。今からでもDen of FREAKSの仕事は断るか」
父に問われ、リオは「冗談!」と声を張り上げた。
「別におそろしくなんかないよ。ほとんどは大人しかったし、凶暴なものだって檻の中だ。ちっとも危なくなんてない」
「だけど、変な生き物を見て嫌じゃなかった?」母がネズミを見たときのような顔をする。
「別に。だって、子供の頃に絵本で見た妖精みたいなものじゃない。むしろ母さんは何がそんなに嫌なわけ?」
「絵で見る妖精と、あの変な生き物はまた別じゃない! 私は実物を見たことはないけれど、人間と動物を、」交尾、という言葉を続けるのに耐えかねたようで、ブルブルッと身を震わせる。「ああ、嫌だ嫌だ。子供の目にあんなものを触れさせてしまって、本当にお父さんを視察に行かせなかったことが悔やまれるわ」
ハンカチでも噛みしめそうな勢いの母に、リオは呆れ返る。
「あのさ、母さん。僕って男だし、もう十二歳なんだけど。二人とも、ちょっと過保護すぎるんじゃないの?」
「お前は平気なのかもしれないがね。あれは大人だって見るに耐えないという人も多いし……」と父は言いかけて、「見世物と密室で二人、しゃべっていたらしいな」
リオは色を失った。
しゃべった、となぜ知っている? 扉越しに話し声が漏れてしまっていたのか?
しかし、すぐに平静を取り戻した。
部屋に二人でいたとなれば、「会話をしていた」と考えるのはごくごく自然なことだ。イーサンも両親も、パールが(表向きは)しゃべれない、ということなど知らないのだろうから。
「しゃべってたわけじゃないけど」リオはトーストにかじりつく。「あの人魚はしゃべれないから」
父がコーヒーに伸ばしかけていた手を止める。
「では、何をしていた?」
「何って?」
「会話もできない見世物と、お前は密室で二人、何をしていたんだ?」
「別に、何もしていない」
おかしなことを言っているな、という自覚はあった。とにかく言葉を発して間を持たせながら、頭をフル回転させる。
「僕は……、ただ、見ていただけだよ。そう、父さん、人魚を見たことがある? すごく、すっごく美しいんだ。芸術品みたい。ずっと見ていても飽きないぐらい。美しいものを見るのはいいことだって、父さんもいつも言っているじゃない」
父は多忙な身でありながら、合間を縫っては美術館に通うのを趣味にしていた。子供の頃は画家になりたかったのだけれどてんで才能がなくって、と笑って打ち明けてくれたこともある。美しいものは心を豊かにする、というのが彼の信条であり、リオはそこを衝こうと思った。父は「それはそうだが……」とどこか緊迫した表情をする。
「その……、おかしなことを聞くようだが……、お前、見世物と変なことをしたりはしていないよな?」
「あなた!」
母が金切り声を上げた。
「変なこと?」
リオはきょとんと目をまたたかせた。父はリオの幼い表情を見て「そうだな。そうだよな」とほっと息を吐く。母が「当たり前じゃない。まだ十二歳なのよ」と父に非難の目を向ける。
「まあ、美しいものを見るのは確かに悪いことじゃない。口を利けないのであれば、低俗な知識を吹き込まれる心配もないわけだし……」父は目を光らせる。「しかし、相手は獣の血の入った生き物なのだからな。用心して、決して深入りしないようにしなさい」
パールに限ってそんな心配はない、と反論したかったが、そんなことをしてせっかく終わりかけた話が長引いてしまうと厄介だ。リオは「はぁい」と返事をして、ミルクのコップに口をつけた。