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12

 目覚めると、午前十一時だった。
 毎朝、八時にはメイドが「朝ごはんですよ」と起こしに来る。仕事や用事で不在のときを除き、アンダーソン家では家族みんなで食卓を囲む習慣があった。昨日はマイクとの交渉のせいで帰りが遅くなってしまったから、メイドと両親は起きてこないリオを寝かせたままにしておいてくれたのかもしれない。
 たっぷりと寝たのに、頭が鉛のように重たかった。昨晩ショッキングな場面に遭遇してしまったせいだろうか。それにくわえて、慣れない交渉——失敗に終わったが——をした疲れもあるのかもしれない。
 のろのろと起き出してトイレへ向かう。トイレを出て、リビングに向かいかけたところをメイドとすれ違った。「あら」と彼女が声を上げる。
「おはようございます」
「おはよう」
「なにか召し上がられますか」
「うん」
 ブランチだね、とリオが笑う前に、メイドはぱたぱたと厨房に行ってしまった。
 リオはダイニングでぼんやりと座って待った。間もなくトーストとチーズオムレツが運ばれてくる。食べていると、もう一皿同じメニューが運ばれてきて、母親も食卓についた。ついでにチップスの皿もやってくる。リオが「トーストをもう一枚」と命じると、メイドは「はい」と厨房に引っ込んだ。
「おはよう」
 リオはチップスをつまみながら母親に挨拶した。
「おはよう。少し早いけれど、私もお昼にするわ」
「父さんは?」
「ちょっとね」母が顔を曇らせる。
「仕事?」
 母は首を横に振ってチーズオムレツを口に運んだ。
 しばらく二人は無言で食事をした。
 そろそろ食事も終わろうかという段になって、ようやく母親が口を開く。
「お父さんが帰ったら、みんなで話をしましょう」
 暗く沈んだ表情をしていた。マジックに関する話し合いならば、もっといきいきと提案するはずだ。リオはすぐにぴんと来た。
「パールの話?」
 昨日のショッキングな場との遭遇にも、マイクとの交渉にも、イーサンは立ち会っていた。彼はそれらを両親に報告したはずだ。パールの名を聞いて、母親が忌々しげに顔を歪めた。
「そうよ。今、お父さんがマイクさんに事実確認をしにいっているから」
「なんだって?」
 リオの手から紅茶のカップが滑り落ちた。カップはガチャンとソーサーの上に着地して、大きく跳ねた紅茶がテーブルを汚した。メイドがテーブルの掃除に駆け寄る。リオはメイドに礼も言わず、ただ穴の開くほど母親を見つめる。
「事実確認ってどういうこと」
「あなたの言っていたことと、イーサンの報告に異なる点があったからよ。イーサンが嘘をつくとも思えないけれど、事実を確認しないままあなたを責めるのもいけないでしょう。だから、お父さんがマイクさんのところへ確かめに行ったのよ」
「異なるところ?」
「あなたは以前、見世物はしゃべれないと言っていたでしょう。それなのに、イーサンは見世物がはっきりとしゃべるのを聞いたと言うのよ」
 リオはいてもたってもいられず椅子から立ち上がり、ダイニングのドアへ向かって走り出した。
「どこへ行くの!」
 背後から母親の金切り声が聞こえる。返事をする間も惜しい。扉を開いて、廊下へ飛び出す。次の瞬間、体が床に叩きつけられ、目の前に天井が広がっていた。
 一瞬、何が起こったのか分からない。急いで起き上がろうとするが、不思議と体を起こせないのだ。
 視線を巡らせると、冷たい表情のイーサンが悠々とリオの体を押さえつけていた。
「離せよ」
「どちらへ」
「パールのところへ行く。助けなきゃ。ひどいことをされているかもしれない」
 パールは、自分がしゃべれることは絶対に外部には秘密なのだ、と言っていた。その秘密を破ったことがマイクに知られてはいけないのだ、と怯えていた。
 リオは昨日の交渉で、マイクがパールを特別に思っていることを知った。しかし、マイクが残忍な危険人物であることに変わりはないのだ。五体満足のパールを捕まえて、閉じ込めて、あんな体にしたぐらいなのだから。
 特別なのに、どうしてそんなにひどいことをするのだろう。それとも、そうしたときは特別ではなくて、あとから特別になっていったのだろうか。
 もし後者ならば、マイクはパールにした非道な行いを心底後悔しているかもしれない。その場合、パールがルールを破って外部に秘密を打ち明けたことを知っても、もういいよ、と不問にするかもしれない。
 しかし、そうではなかった場合。
 マイクの愛情はもとより歪んでいて、ひどいことをするのが愛情なのだ、と勘違いをしている場合。その場合、マイクは特別なパールにひどいことをした過去を、全く悔やんでなどいないだろう。パールが約束を破れば、当然激怒する。非人道的な彼がパールにどんな折檻をするのか、想像するだに恐ろしい。
 今すぐパールのところへ行かなければ。なんともなければそれでいい。だけどひどい目に合っているのだとすれば、ただちに救出して我が家へ避難させてやらなければならない。
「離せよ」
 リオはイーサンの下でもがいた。めちゃくちゃに体を動かして拳を振り回しても、イーサンは涼しい顔のままびくともしない。
「そういうわけにはいきません」
「離せよ。命令だ。お前は僕の従者だろ」
「私の雇い主はあなたのお父さまですから」
 しばらくリオは暴れていた。やがて疲労困憊し、ぐったりと床に伏した。全身が汗でぬるぬるだ。対するイーサンは、額に汗ひとつ浮かべていない。
「失礼いたします。絶対に家から出すなと、あなたのお父さまのご命令ですので」
 イーサンは手際よくロープでリオを拘束した。そのまま担ぎ上げてゲストルームへ運ぶと、リオをベッドの上に寝かせて、自身は扉のそばに控えた。
 リオはこれまで、何度も手品で縄抜けをしたことがある。
 無論、縄抜けにはタネがあるのだ。容易に抜けられるよう、初めから特別な結び方をしているのだ。
 イーサンの拘束はしっかりとしていて、どれほどもがいても縄から逃れることはできなかった。
 なんだか、自分のマジックの腕が嫌になってくる。
 拘束から抜け出し、パールのもとへ駆けつけることもできない。あの地獄のDen of FREAKSから、瞬間移動でパールを救い出すこともできない。目の見えないパールに対しては、簡単な手品を見せて楽しませることすら、リオはできないのだ。
 有名なマジシャンであることがなんの役に立つ? なんの役にも立たないじゃないか。
 いや、いや、子供じみた拗ね方をするな。マジックに罪はない。
 リオはマジックが好きだ。マジシャンであることで得られた有意義な時間は、数えきれないほどだ。そもそもパールと巡り合えたのだって、マジシャンをしていたおかげじゃないか。
 先ほどかいた汗が冷えて肌寒く、身震いをした。
 言えば、メイドが着替えを持ってくるだろう。もちろん拘束されたままでは着替えられない。一時的に拘束は解かれる。その隙に——その隙に? 逃げ出したところで、どうせまたすぐイーサンに捕まるだけだ。
 リオはおとなしく父の帰りを待つことにした。
 どれほどの時間が経ったのだろう。不意にゲストルームの扉が開き、疲れきった顔の父が入ってきた。彼は拘束されたリオを見て、ああ、と重いため息をつく。
「すまなかったな」
「もう逃げないから、ほどいてよ」
 イーサンが指示を仰ぐように父を見た。父は、うん、と頷きを返す。イーサンがナイフで縄を切る。父に呼ばれて、思い詰めた表情の母も部屋に入ってきた。
「パールは無事だった?」
「人魚には会っていないから、知らない。マイクさんと話をしてきたんだ」
 拘束を解かれ、ベッドの縁に座り直したリオの隣に、父も腰を下ろした。母はそわそわと所在なさげにしたのち、デスクのそばにある簡素な椅子に浅く腰かけた。イーサンはきちんと背筋を伸ばして部屋の入り口に控えている。
「人魚はいつからしゃべり始めたんだ?」
 父の問いに、リオは嘘をつこうかとも思った。
 ——初めは本当にしゃべらなかったんだけれど、通ううちにしゃべるようになったんだ。そのことを父さんと母さんに話すタイミングがなくって。
 しかし、そんな嘘をついてもなんの意味もないと、結局は正直に打ち明けた。
「パールは初めからしゃべれたよ」
「どうして嘘をついた?」
「約束したから。パールがしゃべれることが外部にばれちゃいけないっていうルールがあるから、誰にも内緒にしていてってお願いされたんだ」
 父が苦虫を噛み潰したような顔をする。
「雇い主とのルールを破り、子供に嘘を強要する。ろくな生き物ではないな」
「そんなひどいことを言わないで。パールにもいろいろ事情があるんだ」
 父はリオの両肩にずっしりとした手を置き、さとすように言う。
「リオ。お前はね、人魚にたぶらかされているんだ。もうマイクさんと話はついた。Den of FREAKSでの仕事は、昨日でおしまいだ」
「あと一回なのに!」
 リオは父の手を振り払い、ベッドから立ち上がった。イーサンが一歩前へ出る。父はイーサンを片手で制し、リオの手首を掴むとぐいと力強く引っ張った。リオは抗いかけるが、大人である父の力には到底かなわない。渋々ベッドに座り直す。
「仕事は責任を持って最後までやりとげなさいって、父さんはいつも言っているじゃないか」
 リオは唇を尖らせた。父は動じない。
「今回ばかりは別だよ。初めから、途中で契約を打ちきっても構わないと話しておいただろう」
「僕が嫌になったら、という話だったよ。僕は嫌になんかなっていない。あと一回、絶対に行くよ。その日、出番のあとにパールと会う約束もしているんだ」
 パールの名前を聞くたび、父はあからさまにいやな顔をした。
「もう、それに会ってはいけない」
「どうして」
「きっと私が悪いんだ。お前が初めてDen of FREAKSに行った翌日、お前が個人的に見世物に会うことを許可した私が。あのとききちんと止めていれば……」
 父は手のひらを顔に当てて呻いた。すぐにリオに向き直る。
「リオ。さっきも言ったがね、お前は人魚にたぶらかされているんだ。化け物の妖術で惑わされているんだ」
「パールはそんなことしないよ」
「人魚を買い取りたい、と言ったそうだね」
 リオはさっと顔を白くした。すぐに色を取り戻し、「うん」とまっすぐに父を見る。なんでも父に報告するイーサンが、そのことを父に伝えているのは当たり前だ。
「だって、あんなところにずっと閉じ込められて、一生外に出られないだなんてかわいそうだよ」
「そういうものなんだよ。見世物は、そういうものだ。私たちのものさしではかって、同情してやる必要はないんだ」
 リオはぐっと奥歯を噛み締めた。
 パールと交わした約束は、彼がしゃべれることを誰にも内緒にすること、だけではない。その約束は破ってしまったけれど、まだもうひとつある。その秘密をリオが知っていることは、まだ誰にも知られていない。マイクにも、イーサンにもだ。
 誰にも言わない、と約束した。パールとの約束は守りたい。
 だけど——、今その約束を破るのは、パールを助ける、ためなのだ。
「パールは、人間だよ」
 深呼吸をしたのち、父を見据えてきっぱりと言った。
「パールは、僕たちと同じ人間だ。五体満足の健康な体に生まれたのに、マイクに無理やり体を改造されて、それで、あんな生活をさせられているんだ」
 リオは、父が「それはいけない。今すぐ助け出してやらなくては」と慌てふためくことを期待していた。しかし、父は感情のない瞳でぼんやりとリオを見つめるばかりだった。
「父さん?」
 リオは困惑した。
「聞いていた? パールは人間なんだよ」
「そうかね」
 父の声色は、震えも乱れもしていない。
「そうかねって」リオは父の腕を掴み、激しく揺さぶる。「本当に分かっているの? 前に父さんが言っていた、人間と動物のあいの子なんかじゃない。パールは知性のある人間なんだ。僕たちと同じ、普通の人間なんだ」
「うん」
 父は腕からリオの手を引き剥がそうとした。リオが反抗すると、リオの手の上に厚い手のひらを重ね、ぽんぽん、と宥めるように動かした。
「知っていたよ」
「何が?」
「父さんは好きではないけれど、付き合いでいくつかの見世物小屋に行ったことがある。見世物小屋では、芸をする人間と奇妙な生き物が出演する。ショーが終わったあと、飲みにいってみんなで話す。あの奇妙な生き物はなんだと思う? ってね」父は優しい瞳でリオを見つめている。「妖精や化け物だと考える人もいる。人間と動物のあいの子だと考える人もいる。そして、あれはただの人間なのだと考える人もいる」
 父の腕を掴むリオの手に、もう力は入っていなかった。ただ父が上から押さえているから、もとの場所に留まっているだけの話だ。
「高い見世物小屋では客席から舞台が遠いことも多いし、本当に妖精か何かじゃないかと思うこともある。だけど安い見世物小屋では、それはどう見たってただの人間なんだ。異形の部分が見るからにお粗末な張りぼてだったり、傷口が荒くて生々しかったりする。普通の人間を改造した傷口がね」
「それじゃあ……」
「だけど、父さんはそれを信じたくなかった。あまりに残酷だからね。お前に見世物について説明するとき、なんと説明するべきか迷ったよ。本物の妖精だと言って、お前が無邪気にのめり込んでも困る。だけど、お前と同じ人間だと言って、ひどいショックを受けさせたいわけでもない。ファンタジーだけれど気味が悪い、というぎりぎりの塩梅で、人間と動物のあいの子だ、という話をしたんだよ」
 父がリオの手から自身の手のひらを浮かせた。ぼとり、とリオの手がベッドの上に落ちる。その手を改めて父が握った。リオの頬に一筋の涙が伝う。悲しくて泣いたというより、混乱して、脳が許容範囲を超えて、涙があふれた。涙があふれると目と鼻の奥がじんと熱くしびれて、どんどんせつなくなってくる。
「救いたいんだ。パールを」
「うん」
「構わない? うちに連れてきても」
「ダメだよ」
 即答だった。
「どうして」
「どうしても何も、マイクさんはお前に人魚は売れないと言ったんだろう」
 何もかも、父はイーサンから報告を受けているのだ。「それはそうだけど……」とリオはうつむく。すぐに涙で濡れた瞳で父を見上げる。
「もう一度交渉するよ。マイクが売ってくれれば、パールをうちに連れてきても構わないんだね」
「ダメだ」
 父はまた即座に首を横に振った。リオは「どうして」と繰り返す。父は言葉に詰まり、リオから視線を逸らす。リオは引かなかった。
「どうして」
 重ねて問うと、父は視線を逸らしたまま、重い唇を開いた。
「あれが見世物だからだよ」
「パールは人間だよ」
「そういう話じゃない。世間的に見て見世物だ、という話だ」
 父は目を伏せたまま続ける。
「見世物を金で買うというのは、あまりに世間体が悪すぎる。孤児院から子供を引き取るのとはわけが違うんだ。マジシャンは実力も大切だが、人気商売でもあるのだよ。ひどく好感度が落ちる行為は、軽率にするべきではない」
「好感度って」リオは呆れ返る。「それじゃあ、分かったよ。父さんがそんなに気にするのなら、引き取ったあとにパールが人間だってことをみんなに公表しよう。健康な体を改造された人間を見世物小屋から救ったアンダーソン家。ほら、何も困らない」
「そう上手くいくかね」父が肩をすくめる。「あれで、マイクさんは顔が広いんだ。それに、人々は真実よりも、猥雑で刺激的な噂話を好むものだ。マイクさんが、人魚を引き渡す前にこんな噂を流したら? 『うちにゲストで出演してくれていたマジシャンのリオ・アンダーソンが、人魚を気に入って最後には買い取ってくれた』。お前も見ただろう。あそこでは——」
 父親はちらと母親に目配せをした。母が唇を噛んで頷きを返す。
「十二歳のお前に言うことでもないがね。事実として——、あそこでは、金を払えば見世物を抱ける。父さんも前々から噂に聞いてはいたから、仕事の契約をする前にマイクさんに確かめたんだ。するとそれは本当だった。客が入ると、指名された見世物の鎖を引いて、檻からゲストルームへと移動させるそうだ。私はマイクさんにお願いしたよ。うちのリオはまだ子供だから、そのやりとりを決して目に触れさせないでくれとね。末端のもののミスで、お前は醜悪な現場に遭遇してしまったわけだが」
 父がため息をつく。
「さっき私が言ったような噂を、マイクさんが流したとしよう。すると人々はこう思う。お前があそこで仕事をするかたわら見世物を抱いて、気に入り、買い取ったのだと。リオ・アンダーソンは十二歳にして倒錯的な変態なのだと。一度思い込めば、こちらが真実を訴えても誰も信じてくれやしない。イメージはがた落ちで、もうお前に、いや、アンダーソン家にマジックの仕事は来なくなるだろう」
 リオは黙りこくった。
 お前があそこで——と父が懸念した誤解は、ほとんど真実だ。
 だけど、違う。リオはパールを抱いて気に入ったわけではないし、彼を抱くために買い取りたいわけでもないのだ。パールを好きになって、セックスをしたのだ。好きだから、救いたいから、そのための手段として、買い取りたいのだ。
 しかし、リオの本意は誰にも分かってもらえない。
 世間はもちろん、両親にも、イーサンにも、きっと正しくは伝わらない。父はイーサンから、リオがパールと裸で抱き合っていたことを聞いたはずだ。
 ——売春婦のようなパールに巧みにたらし込まれ、浮かれたリオがたわごとを言っている。
 父ですら、今まさにそういう前提のもと、リオを説得しているのに違いない。
「ひどいよ」
「ああ。だが、そういうものなんだ」
 父が厚い手でリオの肩を抱いた。リオが振り払うと、父はおとなしく引き下がった。リオはぼろぼろと涙をこぼす。
 ひどい。ひどい話だ。
 もしもパールが孤児院の子供ならば、堂々と我が家に引き取れた。世間も、アンダーソン家を立派だと称賛するだろう。
 だけど、実際のパールは見世物だ。見世物だから、人々は好奇の色眼鏡を通してパールを見る。我が家に引き取れば、いやだ、低俗な——、と下卑たニヤニヤ笑いを浮かべるのだ。
 同じなのに。同じ、救いを必要とする子供なのに。
 どうすることもできないのか。
 リオが泣き止むまで、両親は黙って見守ってくれていた。涙が止まると、リオは口を開いた。
「あと一回の舞台は、やっぱり出たい。パールにも会いたい。最後なんだから、それぐらい許してよ」
 両親は返事に窮した。リオは「最後なんだ」と強調する。
 最終的に、イーサンが必ず同席するという条件のもと、両親はリオがあと一度だけDen of FREAKSで仕事をすることと、パールに会うことを許可してくれた。
 もう一度、会える。
 自室に戻ったリオは、じんわりと熱を帯びる胸にぐっと拳を押し当てる。
 パールに会っても、できることは何もない。
 ただ、救えなかったことを詫びて、秘密を守れなかったことを詫びて、それだけだ。
 謝って、謝って、最後にもう一度、好きだと伝えよう。
 リオはベッドに仰向けに寝転がり、そのまま眠りに落ちた。

 日の落ちた部屋の中、メイドが「お夕飯ですよ」と起こしにきた。彼女はリオの顔を見て、水桶とタオルを持ってきた。
 顔をすすいでも目の腫れはすぐにはおさまらない。
 リオはその顔で食卓についたけれど、両親はそのことにも、パールのことにも、もう触れようとはしなかった。