表紙に戻る

 三方を壁に囲まれた、コの字型のベンチが設置されたバス停を見つけたのは十六時過ぎのことだった。
 昨晩の出会いはどう考えても奇跡だった。あんなことが連日起こるはずもない。「今日はここで寝ようか」とバス停を指すと、砂日が「もう寝んの?」と目をまたたかせた。
「寝ないよ。まだ明るいし、バスの利用者の邪魔になるから」時刻表を見る。最終便は十八時十二分だ。「しばらくぶらぶらして、十八時半にまたここに戻ろうか」
 そう言っておきながら、北野は気が気ではなかった。こんなにいい野宿の場所だ。ちょっと目を離した隙に誰かに取られてしまうかもしれない。付近を少し歩いてはバス停に戻った。
 砂日はといえば、二十分ほど付近の縁石に座って仮眠を取っていたが(初め彼はバス停のベンチで寝ようとしたのだが、「だから邪魔になるってば」と注意すると疎ましげに移動した)、不意に「散歩」と立ち上がった。
「戻ってこられる?」
 心配になって訊ねた。砂日は眠たそうに「うん」と答える。まったく信用ならない。あとでもつけていこうかと思ったが、バス停を長く離れるのも不安で、ボディバッグからボールペンと、埼玉県のファストフード店のレシートを出す。バス停の名前を書きとめ、砂日に渡した。
「分からなくなったら、交番か近くの人にこれを見せて聞けばいいから」
 砂日は「はいはい」と気のない返事をして、くしゃりとポケットにレシートを入れた。
 現在の時刻は十八時五十七分。砂日は一向に戻ってこない。
 一体どこをほっつき歩いているのだろう。今すぐ探しに行きたいが、無闇に探し歩いて入れ違いになっては困るし、場を離れたせいで万一ここを誰かに取られたら馬鹿らしい。
 なすすべもなく、ただベンチに座って待つ。
 母親への電話は先ほど終えた。昨日は友達の親戚と河原でキャンプをしたのだと嘘をついた。
 落ち着きなくエコバッグの中を探る。今朝、大学生のみんなからもらったものだ。
 中身は、ポテトチップスが二袋、あたりめ、チーズおかき、開封済みの携帯用デオドラントシート、百円ショップで買ったという海の生き物の柄の手ぬぐい(何枚も買ったけれどこんなにいらなかった、と梨彩が未開封のものをくれた)、一・五リットルの麦茶、ミニライトの付いた手回し充電器だ。
 手回し充電器だけ、自分からお願いしてゆずってもらった。キャンプの片付けをしているとき、玉姫がゴミ袋にそれを放り込もうとしているのが目に留まったのだ。
「玉姫ちゃん、それ捨てるの?」
「うん。ノリで買ったんだけど、もういらないから」
「よかったらゆずってもらえない? 実は、昨日の昼に充電器が壊れちゃってさ」
 いいよいいよ、どうせ捨てるやつだし、と彼女は快諾してくれた。
 することもなく、スマートフォンに充電器のアダプタを繋げる。パッとスマートフォンの画面が明るくなる。ロック画面に緑色のアイコンの通知が表示され、心臓が止まりそうになる。落ち着け。それはLINEのアイコンではなく、初めからインストールされているメッセージアプリのアイコンだ。LINEは旅に出る前にアンインストールしただろう。
 昨晩、大学生のみんなとLINEを交換しようという流れになった。
 こだわりなく了承しかけ、はたとアンインストールしていたことを思い出す。
 LINEをやっていないと言うと、梨彩が信じられないものを見る目で北野を見た。
 最小限の動きかつ、何食わぬ顔で新規連絡先のカードを作成する。名前は喜多悟、電話番号は自分のものだ。本来の自分の連絡先カードを使うと、彼らに偽名を名乗ったことがばれてしまう。
「旅に出ようってなって、SNS系は全部消したんだよね」
 そう弁明すると、一同はなんとなく納得の色を見せた。
 梨彩は「LINEをやっていないならいい」と言った。結局、北野は猛、蓮、玉姫とだけ連絡先を交換した。
 メッセージは玉姫からだった。猛、蓮とは別れた直後に一往復だけメッセージをして、終了していた。
《旅は順調?
 日焼けが痛いよー》
 一行目のあとにキラキラの絵文字が、二行目のあとに泣き顔の絵文字がついている。
《順調だよ
 俺も日焼けが痛い》
 返信してから、右手で左腕をさする。
 北野は日に焼けるとヒリヒリと赤くなるタイプだ。日焼け止めを買いたいが、もちろんそんな金の余裕はない。砂日はすぐに黒くなるタイプらしく、昨日埼玉県で出会った当初は確かに生白かったのだが、今朝にはもうアウトドア派の人間のように真っ黒になっていた。
 時計を見る。十九時十分。
 車はそれなりに走っているが、出歩いている人間はほとんどいない。はたと、最寄りのスーパーマーケットの閉店時間は何時だろうと考える。猛にもらった山菜の炊き込みご飯は、結局十三時過ぎに食べた。この暑い中、夕方まで持ち歩いていたら傷んでしまうと気付いたからだ。いいな、ずるい、と横から砂日がうるさかったが、「きみはさっき食べたでしょ」と一口もやらなかった。当たり前だ。
 少し迷って、二つ折りの革の財布から、昨日スーパーマーケットでペットボトルを買ったときのレシートを取り出した。『すぐに戻ります』と書いて、念のため今日の日付と現在時刻を添えておく。
 レシートが飛ばされないよう、エコバッグを重しにした。
 スマートフォンで最寄りのスーパーマーケットを検索する。徒歩十五分のところにひとつあった。往復三十分の道のりだ。営業終了時刻は二十時と表示されている。
 疲れを軽減させるため、杖代わりに自転車を引くことにした。自転車のサドルと荷台にまたがるリュックサックはそのままにした。ビニール紐でぐるぐるにくくりつけたそれを下ろす気力が湧かなかった。
 浮かれてリュックサックに電動車椅子を詰めたことを、今ではすっかり後悔していた。
 こんなに長旅になるとは思わなかったのだ。間違いなく、ソロテントと寝袋とクッションの方が役に立った。今更どうしようもない。
 道のりによっては初めからリュックサックをそこらに捨て置くつもりでいたのだから、本当に捨ててしまおうかとも思った。しかしいざ行動に移そうとすると、粗大ゴミを道端に放置していくのはやはりためらわれた。
 表示通り、十五分ほどでスーパーマーケットに到着した。
 めぼしい惣菜は売り切れていたが、半額になったかき揚げ丼を二つと、賞味期限が今日までの大きなソーセージパンを二つ購入した。どんぶりは今日の夕食、パンは明日の朝食だ。明日の昼食も買おうかと思ったが、買って傷んだらかえって損だ。やめておく。
 バス停に戻ると、向こうから歩いてきた砂日と鉢合わせた。
「おお」
 彼は気楽に片手を上げた。北野も応じる。メモのおかげか、たまたまか、寝床は誰にも奪われていなかった。
「晩ごはん買ってきたよ」
 レジ袋を掲げると、砂日が歓声を上げる。しかし、取り出されたかき揚げ丼を見て鼻白んだ。
「しけてんなぁ」
「しょうがないよ。閉店前だったから」
「それだけ?」
「パンもあるけど、それは朝ごはん」
「パンも今食いたい」
 砂日がベンチに座り、かき揚げ丼の蓋を開けながら言った。
「食べてもいいけど、そしたらきみは明日の朝抜きだよ」
 砂日は北野の言葉を無視して、かき揚げ丼に取りかかった。
「ずっと散歩してたの?」
 北野は砂日の隣に腰かけ、割り箸を割りながら訊ねた。かき揚げ丼をかきこんでいた砂日は、口をもぐもぐさせたまま「んん」と唸った。ある程度飲み込んでから、「畑とかぶらーっとして。途中、橋の下で昼寝したんだよ。で、起きたら薄暗くなってて、二度寝しかけたんだけど、腹減ったから戻ってきた」と続ける。
「何時間ぐらい寝てたの?」
 一人旅じゃないのに気まますぎ、とか、空腹で戻ってくるなんて犬みたいだね、とか、言いたいことは山ほどあったが、そんな指摘はどうせ無視される。ただ睡眠時間だけを訊ねた。砂日は「知らねーって。時計ないもん」と首を横に振った。
 からん、と砂日が空になった容器に箸を投げた。
 容器のあちらこちらに米粒が残っている。北野はもったいないと顔をしかめるが、人の食べ残しに口を付ける気は湧かなかった。
「なんか、お前のが量多くない? なんでまだそんなあんの?」
 砂日が不躾に北野のかき揚げ丼を覗き込む。北野は「多くないって」と嫌な顔をする。
「きみが食べるの早すぎ。早食いは消化に悪いし、ゆっくりよく噛んで食べた方が満腹中枢が刺激されて……」
「はいはい」
 せっかくアドバイスをしてやっているというのに、砂日は面倒そうにさえぎると立ち上がった。二人は道路と平行のベンチに座って夕食をとっていたのだが、彼は空き容器をそのままに、道路と垂直の右手のベンチに移動すると横になった。
「寝るの?」
「うん……」
 むにゃむにゃと口の中で呟く。
「片付けぐらいしなよ」
 北野は彼が食べていた容器の蓋を閉めて、割り箸を袋に戻してやる。
「ああ、そう、明日六時には出発するからね」
 食事を再開しながら声をかけた。バス停の前に貼られた時刻表には、始発は六時二十七分だと記されていた。
 返答がない。
 また無視かと呆れ返るが、違和感を覚えた。己の容器と割り箸をわきに置いて立ち上がる。
「砂日?」
 彼の顔を覗き込む。嘘だろう? 彼はすでに寝入っていた。
 なぜだか無性に苛立ちを覚えながら、道路と平行のベンチに戻る。
 どんぶりの容器を手に取った、瞬間、ぶぶ、とスマートフォンが唸って呼吸が苦しくなる。
 違う。LINEはアンインストールしたのだから、あいつらからではない。あいつらは北野の電話番号も知っているが、着信拒否をしているためショートメッセージは届かない。おおかた玉姫からの平和な返信だ。

 どうしてこうなったのかな。

 考え出すと涙があふれそうで、無心で箸を進める。
 食事を終えると、容器と割り箸(砂日のものも)をレジ袋に入れて口を縛った。明日どこかでゴミ箱を見つけたら捨てよう。ソーセージパンはエコバッグに移した。
 届いたメッセージを確認しないまま、砂日が寝ている向かいのベンチに横になった。
 ごつごつとした木の感触が痛い。頭を歩道に向けているのが不安なようで、起き上がって向きを変える。これも不安だ。もう一度向きを変える。もう一度。
 落ち着かないまま、結局足を歩道側に向けて目をつむった。
 道路を走る車の音がうるさい。
 歩道に歩行者はいないが、時折自転車が通り過ぎる。
 もしそれが巡回の警察官で、目をつけられたらどうしよう。
 北野は学生証を見せればいい。スマートフォンを差し出して、自転車旅行中で、もちろん親の許可も取っているから母親に電話をしても構わないと伝えればいい。
 だけど砂日は?
 下手を打って、家出が発覚して、北野ともども強制的に自宅へ帰らされたらどうしよう。
 一度家に帰って、それから?
 態勢を立て直して、後日改めて和歌山県に出発するか。
 北野はお年玉のほとんどを銀行口座に預金している。三、四万円の交通費ぐらい、出そうと思えばすぐに出せる。
 いや、どうして俺が砂日の希望を叶えるためにそこまでしてやらなくてはいけないのか。
 アプリで別の自殺の相方を探すか。いっそもう、思い切って一人で自殺をするか。
 無理だ。
 自殺には勢いがいる。それでいうなら、北野はとうに失速している。
《一緒に自殺しませんか?》
 チャットアプリの、自己紹介の一言メッセージが並ぶ画面で、その文面を見つけたときの気持ちを思い出す。まるで霧が晴れるかのようだった。
 ああ、死ねばいいのか。
 その文面を見るまで、北野はそれに気が付かなかった。そんな簡単なことに、なぜだか気が付けなかった。
 決行するのは夏休みの初日がいいと思った。
 電動車椅子の入った大きなリュックサックを背負って、両親に怪しまれずに出発するには夏休みが一番いい。夏休みに入ったらすぐに死のう。
 死ぬと決まれば、毎日がうきうきと楽しかった。
 あんなに辛かった学校にも平気で通えるようになった。もともと学校は好きなのだ。勉強も好きだし、さまざまな行事や取り組みも好きなのだ。
 ただ、あいつらがいることだけが耐えがたくて——、だけどもう死ぬのだと思えば、何ひとつ問題はなくなった。
「おい北野、今日来るだろ」
 あいつらに意地悪な顔でそう言われたって、あっけらかんと首を横に振れるようになった。
「ごめん、今日は用事があるから」
 本当に用事のある日も、用事など何もない日も、北野はきっぱりと断った。
 いざ断り出してみると、どうしてあんなに長い間あいつらの言いなりになっていたのだろう、と不思議に感じた。
 初めから断っておけばよかった。行かない、遊ばない、きみたちとは一緒にいたくない、と言っておけばよかった。
 なんだか怖くて断れなかったのだ。別に弱みを握られていたわけでもないのに。
 砂日とチャットアプリで知り合った前日、北野はあいつらに弱みを握られた。おかしな写真を撮られたのだ。
「いいのかよ。あの写真、クラスのグループLINEにアップするぞ」
 ずっと支配下にあった北野が誘いを拒むようになったものだから、あいつらはまず困惑して、次にそう脅し始めた。その写真に顔は写っていないはずだが、中学校の制服、そして義足と、クラスメイトが見れば容易に北野と断定できるものだった。
 その写真は、すでに一度匿名の大型掲示板にアップロードされていたが、クラスのグループLINEにアップロードされるとなるとダメージが段違いだ。《龍》と知り合う前の北野なら、すぐに屈していただろう。ごめん、俺が悪かった、言うことを聞くからそれだけは勘弁してと、真っ青になって平伏していただろう。
 しかしもう平気だった。だってじきに死ぬのだから。
 幸い龍は自殺を《明日でもいい》と言うほど暇らしく、北野が「やっぱり予定を早めたい」と言えばすぐにも対応してくれるだろう。
 あのみじめな写真をクラスのグループLINEにアップロードされたら、死ねばいい。電動車椅子は連れていけなくなるが、いつも通り学校に行くふりをして、学校には自分のスマートフォンから体調不良で休むむねを連絡して、龍と自殺に行けばいい。
「ああ、そう」
 無頓着に返すと、あいつらは気味が悪そうにこそこそと陰口を叩いた。
 結局、あいつらがクラスのグループLINEに例の写真をアップロードすることはなかった。
 今頃、北野は死んでいるはずだった。
 龍と《そんなに遠くないとこ》、多く見積もってもせいぜい普通列車で二、三時間の場所へ行き、彼と、できれば電動車椅子と、せえので身を投げてぐちゃぐちゃになっているはずだった。
 そんな理想は、龍、改め砂日と対面して打ち砕かれた。
 和歌山県?
 こいつは馬鹿か?
 新幹線に乗る金の用意もない。二人とも中学生なのだから、高速道路を運転して行くこともできない。
 呆れ果てたが、まだ希望は捨てていなかった。
 第二の希望。いざ旅を始めて、ようやく現実に直面した砂日が「やっぱり和歌山県は無理だ。近場で手を打とう」と考え直すこと。
 それすらも、どうやらついえようとしている。
 体力も根気もない砂日は、すぐに「疲れた」と言う。「休憩しよう」と言う。
 休憩を終えると、また和歌山県を目指し続ける。
 到着のあてもないのに、いつか必ず着くものだと愚直に信じ込んでいる。
 砂日は馬鹿ではない。
 大馬鹿者だ。
 どうすればいい?
 このままでは、俺は死ねないんじゃないのか?
 とはいえ、旅をやめて家に帰ってしまえば、いよいよ何もできなくなる。
 希望を失って、自殺の勢いも失った俺は、またあいつらに怯えて従う地獄に戻るしかないのか?
 あいつらはクラスのグループLINEに例の写真をアップロードしなかった。だがそれは北野が旅に出る前の話だ。
 もしも今、あいつらが北野から既読すらつかないのに腹を立て、とうとうクラスのグループLINEに写真をアップロードしていたら?
 あの写真をアップロードされても、どうせ死ぬからいいと思っていた。だけど死ねないのなら、あれをアップロードされたら困る。あれをクラスメイトに見られ、口には出さずとも馬鹿にされ、見下され、憐憫されながら今後の学校生活を送るだなんて、考えただけでも気が狂いそうだ。
 どうしよう? どうすればいい?
 どうすればいいのか分からないまま、着くはずもない和歌山県を目指す旅を惰性で続けている。

 アラーム音が耳をつんざく。

 跳ね起きて目を開けた。空が明るい。アラームを止める。時刻は五時四十五分。上半身を起こす。疲れがまったく取れていない。どころか、一睡もできなかった。
 砂日を起こそうと立ち上がりかけ、体に違和感を覚えた。すぐにその正体に気付いて舌を打つ。最悪だ。昨晩、義足を外すのを忘れていた。
 むず痒さに耐えながらテーパードパンツをたくし上げる。膝までは楽に上がった。
 義足を外すだけならば、このまま膝のあたりにあるロック解除ボタンを押せばいい。しかし、ライナーを外すにはこれではいけない。
 一度テーパードパンツを脱ぎたかったが、こんなに明るい、時折目の前を車が横切る場所で、たとえどんなに短い時間であろうがパンツ一丁になる勇気は出なかった。
 ギチギチと強引にめくり上げる。夏用のテロテロとした素材だったことも手伝って、なんとか太腿のつけ根まで露出させることに成功する。パンツの生地が伸びるだろうが、今はそんなことは言っていられない。手早く義足とライナーを外す。一目見て重いため息が漏れた。
 傷はできていない。だが、びっしりと汗疹あせもができていた。
 ずりずりとベンチの上を移動して、エコバッグのところへ向かう。
 デオドラントシートを取り出し、苦し紛れに患部を拭く。ついでにライナーの内側も拭いておく。
 まくりあげたテーパードパンツを断端のあたりまで下ろすと、ソーセージパンを手にずりずりと砂日のところへ行く。
「砂日、朝ごはん」
 彼は道路側に足を向けて寝ていた。肩を揺すると、すぐに起きる。
「何時……?」
 六時前、と伝えると「はえーよ」と二度寝しそうだ。質問には答えず「朝ごはんだよ」とだけ繰り返す。
「腹減ったぁ」
 のっそりと起き上がった砂日がぬっと右手を突き出す。北野はその手にソーセージパンを握らせてから、自分もソーセージパンの袋を開ける。
 バスの利用者の邪魔にならないよう、さっさとパンを食べて六時にはバス停を発つ予定でいた。しかし今、少しでもこの義足を外した状態で患部を解放しておきたい。
 一人目の利用者が来るまではここにいよう。何時頃に来るだろうか。始発のバスに、いっそ誰も来なければいい。だが、もしここが近所の老人の井戸端会議の場になっているのなら、そう猶予はないだろう。
 ぺろりとソーセージパンを平らげた砂日は、すがすがしそうに伸びをして北野を見た。
「おお、なんかコンパクトじゃん」
 たっぷりと睡眠を取った健康的な笑顔で北野の足を指す。北野はとりあえずの微笑を浮かべながら、馬鹿が、と心中で毒付いた。