「きみってさ、」
マグカップにスティックタイプのチャイの粉末を開けながら、勇気を出して話しかけた。
「ん?」
ぶうんと唸る電子レンジをぼうっと見ていたモーハンが、きらきらのグリーンの瞳をパッと上げた。ぼくは反射的に目を逸らしかけ、ぐっとこらえて彼を見つめ返す。モーハンがふっと口元を緩める。
「なに?」
速くなる鼓動と熱くなる顔面を自覚しながらじっと彼を見つめていたぼくは、彼に問われてはっと我に返った。『目を逸らしてはいけない』ということに集中しすぎて、彼に話しかけたことを完全に忘れていた。
気を取り直して質問する。
「きみって、あの、部屋でいつも何してるの?」
モーハンは一日の大半を自室で過ごす。ゆったりとした音楽が聞こえてくることもあるし、トイレや水分補給に立つ音もときどきするのだが、彼が部屋の中で動く音や気配がほとんど感じられないのだ。
「勉強とか、ネットサーフィン?」
「えっとね」
モーハンが細い首をかしげる。他の誰の首が細かろうがどうでもいいが、彼の細い首を見ると『かわいい』という感情がむくむくと湧いてきてしまう。どういうわけだか、彼に対するぼくの『かわいい』の蛇口は壊れているようなのだ。いけないいけないと自覚しながら、どばどばと溢れるその感情を制御することが全然できない。多分だが、ぼくは彼の首が太くても『首が太くてかわいい』と胸をときめかせていただろう。
「勉強も、一応ちょっとはするけど。大半はヨーガだね」
『かわいい』と『そんなことを思ってはいけない』のはざまで戦っていたぼくは、モーハンの返事を飲み込むのに少し時間がかかった。しばしのローディングを挟んでから「ヨーガ?」と聞き返す。
「ヨーガ」
モーハンが照れくさそうに笑った。かわいい。そんなことを思ってはいけない。いや、これは容姿に対する『かわいい』ではなく挙動に対する『かわいい』なのだから、なんの問題もないのでは?
いや、いや、今はそんなことを考えている場合ではない。せっかく目の前にモーハンがいるのだから、もっと彼との会話に集中すべきだ。
「ヨーガって、あの、あれだよね。すごいポーズのストレッチみたいな」
己の少ない知識を総動員したぼくに、モーハンが「あぁ、まあ、そういうタイプのヨーガもあるね」と淡々と言った。
「ぼくがやってるのはもっとクラシックなやつだけど。始める前に軽いストレッチはするけど、あとはずっとスカーサナ」
ピーッ、ピーッと電子レンジが鳴った。モーハンがトレーを取り出して、温かさを確かめるように手をかざす。ぼくはとっくに沸いていた電気ケトルの湯をマグカップに注ぎ、マドラーでかき混ぜる。
モーハンが二つのトレーを、ぼくが二つのマグカップと一本のスプーンを持ってリビングへと移動する。その道中で「すかーさな?」と耳馴染みのない単語を質問した。
「そうそう」モーハンが頭を揺らす。「このポーズ」
トレーをリビングのローテーブルに置き、ソファの上でスッとあぐらをかく。
「ああ。あぐらのこと?」
「みたいな感じ。正確にはちょっと違うんだけど」
「そうなんだ」
あいづちを打ってソファに座りかけたぼくは、びたりとその場で動きを止めた。
どこに座ればよいのだ?
昨日と一昨日はダイニングテーブルで向かい合って食べた。ぼくの前には今、三台のソファがコの字型に並んでいる。コの字の縦線にあたるモーハンが座っている四人がけのソファと、横線にあたる二台の三人がけのソファ。モーハンはソファの左半分に座っているため、右半分は空いている。
散々迷った挙句、意気地のないぼくは無人の三人がけのソファのひとつに腰を下ろした。
モーハンはとっくにあぐらの上にトレーを乗せて、指先で食事を始めていた。トレーには仕切りがあり、片側が豆のカレー、もう片側がライスだ。インド版のTVディナーである。
「え、スカーサナを、して……?」
たずねたぼくにモーハンが「ん?」と顔を上げる。
「スカーサナ、のあとは……?」
モーハンが目をぱちくりさせる。
「だから、ヨーガだよ。あとっていうか、スカーサナの体勢でヨーガ」
全然ぴんと来ていない顔のぼくに、モーハンが「えっと」と視線を宙に投げる。
「ヨーガより瞑想って言ったほうが伝わる?」
「ああ、瞑想」
ようやく理解した。瞑想は『メンタルヘルスケアの一環としてよい』と近年欧米でも広まりつつある。ぼくの中でヨーガは今日までストレッチの一部だったが、彼の中ではヨーガは瞑想とニアリーイコールなのだ。
「ん?」ぼくは眉間に皺を寄せる。「きみ、さっき一日の大半をヨーガしてるって言わなかった?」
「言ったよ?」
「瞑想を……一日中?」
「そんなに変かな」
驚愕の声を上げたぼくに、モーハンが居心地悪そうに耳の後ろをかいた。その動きに連動するように、彼のしっぽの指先もソファの座面をかりかりとなぞる。
「いや、変とかではなくて」急いで首を横に振る。「尊敬、っていうか。だって、瞑想って五分やるのも大変じゃない?」
二度だけ、健康促進・異文化体験として学校で瞑想をやった。結論から言うと、ぼくにはまったく合わなかった。
ただじっとあぐらをかき、己の呼吸に集中して、心の中から雑念を追い出す。
ぼくはごちゃごちゃ考えがちなタイプだから、『心の中を一時的にからっぽにする』という行為が健康にいいことはよく分かる。だけどそのためには、延々とランニングマシーンで走るだとか、延々と平泳ぎをするだとか、そういった手段のほうがずっと楽だ。それらのやり方であれば強制的かつ自然に思考を停止できるが、瞑想は『じっとしているがゆえにいつも以上に湧いて出る余念を、精神の努力によって排除しなければならない』からものすごく疲れる。
「うーん、大変かなぁ」モーハンが口元に手をやる。「まあ、簡単なことではないけどね。ぼくはそれが好きっていうか、面白いと思うから」
ひょい、とモーハンがクッキーをつまんだ。どうにも彼とラジェシュには『食後のデザート』という概念がないように思う。二人とも、食事の最中に当たり前のように甘いお菓子をつまむ。ぼくの父もインドに来てからはそうしているし、ぼくも昨日からそうしている。昨日、食後に食べようとクッキーに手をつけずにいたらモーハンに「ハニージンジャークッキー、嫌いだった?」と心配そうに顔を覗き込まれたからだ。
「ぼくが今学校を休んでるのも、一日中ヨーガをやるためだし」
彼に倣ってクッキーを口に放り込んだぼくは、ぽり、と一口噛んだきり動きを止めた。
豆のカレーとライスを指先で混ぜて口に入れ、もぐもぐしていたモーハンが顔を上げる。こくん、と飲み込んでから「ダグ?」とぼくの前でひらひら手を振る。
「大丈夫?」
「あ、えっと、」
時間稼ぎの声を出しながら思考を巡らせる。
「えっと……、きみは……将来ヨーガのインストラクターになりたくて、そのために今学校を休んで家で修行をしている、とかそういう話……?」
「全然違うよ」
モーハンが笑った。ぼくは「えっと、えっと、」と懸命に頭を働かせる。
「あ! もしかして、インドではヨーガをするために学校を休む、っていうのは結構ポピュラーなの?」
ところ変われば常識も変わるものだ。スウェーデンで生まれ育ったぼくにとっては奇妙な行為でも、インドではごく当たり前のことなのかもしれない。
しかし、モーハンは「違うよ」とあっさり首を横に振った。
「全然ポピュラーじゃないよ。ただ、ぼくが個人的にそうしたかった、ってだけ」
「え、じゃあきみは本当にヨーガをするためだけに不登校になったの?」目を見張る。「何かつらいことがあったとか、しんどいことがあったとかじゃなくて?」
さっとモーハンの顔が翳る。
「……つらいことは、あった」長いまつ毛を伏せて静かに言う。「嫌で嫌で……どうしようもなくて。どうしよう、どうしたらいいんだろうって悩んで、考えて、あ、最近ヨーガの時間をちゃんと取れてないじゃん、って。ハリドワールにいた頃はもっと日常的にヨーガをしてたのにな、って気が付いて」
ようやく合点がいく。
ヨーガをするために一ヶ月間学校を休む、という行為をスムーズに理解することは難しい。だが、心が傷ついて一ヶ月間学校を休む、彼にとってその傷を癒す手段はヨーガである、ということであればずっと理解が易しくなる。
『ハリドワールにいた頃は』、という言葉が遅れて引っかかる。
ハリドワールにいた頃は? 今彼が住んでいる、この都市の名前はベンガルールである。以前はハリドワールというところに住んでいたのだろうか。まったく知らない地名だが、もしかするとアンナの出身地であり、アンナとラジェシュの出会いの場であるカリフォルニア州のどこかなのかもしれない。何年前まで、何年間そこに住んでいたのだろう。
「ごめん。こんな話、楽しくないし反応に困るよね」
申し訳なさそうなモーハンの声で我に返った。「違う違う違う」とぼくは首を横に振る。
「あの。ぼく、あの、会話中にそのトピックについて考えたりして黙り込んじゃうくせがあって。学校でもよく『ダグがまたフリーズしちゃったよ』ってからかわれてて」早く誤解を解かなくては、という焦りから異様に早口になった。意識的に深呼吸をして、モーハンと視線を合わせる。みるみる熱くなってゆく己の顔を自覚しながら、努めてゆっくりと言う。「嬉しかった。話してくれて。もちろん、言いたくないことを無理に言う必要はないけど。もし話したいことがあったら、なんでも言って。どんな話題でも大丈夫だよ。だって、」
だって、ぼくはきみのことが好きだから。
口からこぼれかけた言葉を直前で止める。ぼくはモーハンが好きだ。好きだが、いきなりこんなことを言ったら気持ち悪がられるのではないか。
「だって?」
モーハンが先を促した。ぼくは苦し紛れに続きを作る。
「……だって、ぼくはきみの相談に乗るためにインドに来たんだから」
「律儀だなぁ」ふにゃりとモーハンが笑う。「いいんだよ? 別に、契約も報酬も何もないんだから。ぼくのことをほったらかして観光に行っても全然いいし、もしそれでルードヴィグさんに怒られるならぼくから言うし」
「いや、別に律儀とかそういう話ではなくて、」どうすれば『まったく迷惑ではない』ということが、引かれることなく正確に伝わるだろうか。また長く黙ってしまってはいけない、と気持ちが急く。「ぼくがそうしたい、って思ってるんだ。だってきみと話すのは楽しいから」
勢いのまま口にして、これはあまりにあけすけすぎるのではないか、とあとから不安になる。モーハンは少しも気にしていない様子で、「ほんと?」とパッと顔を輝かせた。
恥ずかしいことを言った——だが、彼が喜んでくれたのであればそれでいい。
「ほんと」赤い顔で頷いてから話を戻す。「ハリドワールってどこ?」
「ん?」
飛んだ話題にモーハンが目を丸くした。ぼくは「あ、えっと」と説明に入る。
「さっき『ハリドワールにいた頃は』って言ってたから。以前はそこに住んでいたの?」
「あ、そうそう」モーハンが口元を緩める。「え、ルードヴィグさんそのことすら言ってなかったんだ」
「何も教えてくれないんだよ」
ぼくは唇を尖らせた。モーハンがくすりと笑う。ぼくはまたさらに顔を赤くした。小さく咳払いをしてから続ける。
「ハリドワール……ってカリフォルニア州?」
「インドインド」なかば被せるようにモーハンが言った。「インドの北部だよ。ガンガー——ガンジス川の上流。あ、ガンジス川……は分かる?」
ここベンガルールはインドの南部だ。ぼくの住んでいるスウェーデンも相当縦長の国だが、インドの北端から南端までの距離のほうがずっと長いと思う。ずいぶん遠い距離を引っ越したのだな、と考えながら「分かるよ」と答える。出発前にインドについて少し調べたとき、ガンジス川はかなり基礎的な情報として載っていた。確か、そう。
「ヒンドゥー教の聖地を流れる、母なる川……だっけ?」
「そうそう!」
モーハンが満面の笑みになった。つられてぼくの頬も緩む。あるいは、表面上は無表情のままかもしれないが。
「いつからいつまでそこにいたの?」
調子づいて質問を重ねた。モーハンがすぐに答える。
「ゼロ歳から十二歳だよ」
ぼくは危うくフリーズしかけた。いやいけない、とひとまず「十二歳?」とオウム返しにする。長くフリーズをして、モーハンに心細い思いをさせるのは本意ではない。
「めちゃくちゃ最近だね」
「めちゃくちゃ最近だよ」モーハンが頭を揺らす。「一年と……四ヶ月前」
「生まれはハリドワールなんだ?」
たずねると、突然モーハンが冷めた顔つきになって「うん」とそっけなく返した。態度の変化に戸惑っていると、彼が「ごめん。嘘」とふるっと首を横に振る。
「生まれたのは、一応サンフランシスコ」
「あ、そうなんだ」
やはりラジェシュとアンナはサンフランシスコで結婚をして、そこでモーハンを産んだのだ。頭の中のメモ帳に『モーハンの出生地:サンフランシスコ』と書きつける。
「でも、本当に“一応“なんだよ」モーハンが伏し目がちに言う。「生まれて十日でハリドワールに来たし、国籍も——インドは二重国籍ダメだから、ぼくの国籍はインドだし」
ぼくは目を剥いた。ワンテンポ遅れて「生まれて十日で?」と聞き返す。「そう」とモーハンが頭を揺らす。
「……なんで、っていうのは聞いてもいい?」
「アンナが育児放棄したから」
口早に言って、すぐに「ごめん」と苦しそうにあえぐ。
「やっぱりこの話やめてもいい?」
「いいよ」
ぼくは即答した。
アンナが育児放棄をした——となると、モーハンはハリドワールで誰と暮らしていたのだろう。ラジェシュ? 祖父母? 親類? あるいは、施設?
アンナはどうしてモーハンを育児放棄したのだろう。
湧き上がる疑問を口にはしない。ただ考える。
夕飯時のアンナを、ぼくと父とラジェシュと食卓を囲んでいるときの彼女を思い出す。明るくハキハキとよくしゃべる、社交的でエネルギッシュな女性。“育児放棄”という単語は似合わない——しかし納得はできる。
彼女はモーハンの話題をまったく出さないし、ぼくと父の歓迎会でモーハンと同じ空間にいたときも一切目を合わせなかった。普段の食事中に、モーハンがキッチンやシャワールームに立つ音が聞こえるとさっと体を緊張させる。てっきりモーハンの不登校をきっかけにそうなったのかと思っていたが、初めからそうだったのだ。
どうして?
以前、モーハンは『アンナはぼくの体が嫌いだ』と言っていた。
まさか、そんな理由で?
最低だし無責任すぎる。見た目で人を差別するべきではないし、モーハンの体が個性的なことぐらい、生まれる前からエコーで重々承知していただろうに。
「ハリドワールはね、すっごくいいところだよ。ここからはかなり遠いけど、機会があったらぜひ行ってみてほしいな」
沈んだ場の空気を変えようとしてくれているのだろう、モーハンがいやに明るく言った。ぼくも「そうなんだ」と自分が出せる限界の明るさで答える。
「どんなところなの?」
「ガンガーがあって……、ここよりずっと暮らしやすい」
「え、それはすごい。ここもかなり利便性高いよね? もっと高いってこと?」
先日父に聞いたところによると、このマンションの周辺はテック都市であるベンガルールの中でも特に発展したエリアらしい。高層ビルが無数に立ち並び、道路は広く整備され、大企業のオフィスや世界的なブランド店、有名なチェーン店がいくらでもある。スウェーデンの田舎で生まれ育ったぼくにとっては、とんでもないほどの大都会だ。
それなのに、ハリドワールはその上をいくというのか。
SF映画のようなサイバーで近未来的な世界を想像していたぼくは、「違う違う」とモーハンが笑う声で我に返った。
「ハリドワールはここより全然田舎だよ。ぼく、田舎のほうが好きだから」
「あ、そうなの?」
「きみは“あたらしい”人だからベンガルールのほうが好きかも」
「その“あたらしい”って前も言ってたよね。先進国的、とかそういう意味?」
ぼくの質問にモーハンが「そうそう」と頭を揺らした。ぼくは真面目な顔をする。
「そういうカテゴリ分け、ぼくはあんまり好きじゃないな。人には色々な面があるものだよ」
「その意見、“あたらしい”人っぽい」
モーハンはこの話題をまったく深刻に捉えていないらしく、ころころと無邪気に笑った。ぼくはこれ見よがしにため息をついてみせる。
「仮にぼくが、きみの言うところの“あたらしい”人だとして。“あたらしい”人が都会を好き、というのは完全なる思い込みだよ。ぼくは田舎で生まれ育ったし、田舎が好きだから。静かで人口の少ない場所が大好きで、人ごみは大嫌い」
「え、人ごみ嫌いなの?」
モーハンが心配そうに聞いた。ぼくの台詞の前半部分は彼の耳を右から左に通過したようだ。
「だったらインドつらいんじゃない?」
「いや、」ぼくは首を横に振ってからよく考え、改めて「いや」と繰り返す。
「全然平気だね。ずっとマンションの中にいるから」
モーハンが目をしばたたかせた。すぐに相好を崩す。
「田舎っていいよねぇ」モーハンが昔を懐かしむように言う。「今考えると、毎朝ガンガーで沐浴してたのってすっごく贅沢な時間だったよなぁ〜って思う」
「沐浴?」耳慣れない単語に首をかしげる。
「頭までガンガーに浸かって自分を清めることだよ」
「え、気持ちよさそう」
スウェーデンでサウナのあとに湖に飛び込む爽快感を思い起こす。インドは暑いから、朝からザブンと川に浸かるとさぞやすっきりするだろう。
「めちゃくちゃ気持ちいいよ。毎日してたから、ぼくもう習慣になっちゃって。こっちに来てからも毎朝プールでなんちゃって沐浴してる」
「あ。朝ってあれプールに行ってたの?」
「そうそう」
毎早朝、どこかへ行っていたモーハンの謎がようやく解けた。
ぼくは少し考え込んでから「いいなぁ」と言った。どうにかして朝のプールに同行したい。
「ん?」モーハンが首をかしげる。「あそこのプール、いつでも好きに使っていいんだよ。住人用だけど、別にきみも使っていいでしょ」
「いや、一回だけ行ったんだけどさ」モーハンを除く四人で植物園へ行ったあの日、同じメンバーで夜にプールを訪れた。「夜に行ったら結構混んでて。全然思うように泳げないし、人に酔って疲れちゃって。朝だとわりと空いてる?」
「空いてるよ。ていうか、ぼくしかいない」
「え、行きたい」思わず前のめりになる。「行ってもいい?」
「え? それは自由だけど」モーハンが長いまつ毛をぱちくりさせる。「ぼくは沐浴とヨーガがしたいから、一緒に遊んだりはできないよ。それでもいいなら来るのは自由。だって、みんなのプールだし」
「じゃあ行く」きっぱりと宣言する。「きみはいつも何時ごろに家を出るの?」
「え、何時だろう……。起きたら行くって感じだから、日によってばらばらかなぁ。けど、日の出前には必ず行くよ」
「日の出前って大体何時?」
「今だと六時ぐらいかな」
「オッケー」
いそいそと、ぼくは五時二十分のアラームをセットした。