21 きみが生まれたときの話(2)

 ——アンナと結婚して、三ヶ月後に妊娠が分かったんだ。
 妊娠検査薬で陽性が出たときはすごく嬉しかったよ。アンナも大喜びしてた。
 病院で診てもらえるのは八週目からだって言われたから、一週間ぐらいがあったんだけど。お互いの家族とルードヴィグにだけはすぐに報告した。ちょうどそのとき、ルードヴィグの奥さんも妊娠してたから。え、じゃあ俺らの子供同い年になるね、って盛り上がって。
 八週目の初診でね、2Dエコーで心拍確認をしてもらったんだけど。俺にはどこがなんだか全然分からない不鮮明な画像を見ながら、技師が「あれ。変ですね。角度と姿勢で変なふうに見えてるのかな」って怪訝な顔をしていて。
「まだ断定はできませんが、胎児になんらかの奇形がある可能性があります」
 あとから思えば、あの時点で技師はモーハンの手足が多いことに気が付いていたのかもしれない。だけどそのときは、ただ『奇形がある』可能性だけを言われたね。
 正直、俺は戸惑った。具体的にどんな奇形があるのか聞こうとしたら、それより早くアンナが「そうですか。私たちは気にしません」と言ったんだ。
「我が子にハンディキャップがあろうと、もう産むことは決まっています」
 アンナは副音派で、強固な中絶反対派プロライフだった。最近は副音派の中にも中絶権利擁護派プロチョイスの声が上がりつつあるらしいけど、彼女は宗教に関してはクラシックなタイプでね。
 技師がちょっと口ごもってから「通常、エコーは初診と二十週目の二度だけですが、十二、三週目前後にオプションで2Dエコーと4Dエコーを行い、奇形について詳しく調べますか?」と聞いた。アンナは「ノー」と即答して、「もう産むことは決まっています」と繰り返した。彼女は出生前診断すらも断ったんだ。
 俺は困惑しながらも、まあ、なんとかなるだろうと自分を納得させた。俺たちはパワーカップルだから、全介助の必要な子供が生まれてもヘルパーを数人雇って二十四時間体制で見てもらえばいいだけじゃないか、とね。両親とルードヴィグは「そうか。困ったことがあったらいつでも言ってくれ」と俺を励ましてくれた。
 そして、二十週目だ。
 4Dエコーでモーハンの手足が多いことが明らかになった。
 飛び上がりそうだったよ。奇形って聞いて、俺はてっきりどこかのパーツが欠けているんだと思い込んでいたから。そのとき技師が何かごちゃごちゃ言っていたけど、興奮しすぎてまったく聞いていなかった。
 病院を出てすぐ、両親にエコーの画像を送って電話もしたよ。もちろん両親も大喜びだった。
 知っているかな。インドでは『スペシャルな体の赤ちゃんが誕生して、神さまだ! って大騒ぎになる』みたいなニュースがたまにあるんだけど。うわ、我が子がそれなんだ、って夢心地だった。
 だから気付くのが遅れたんだ。アンナが暗い顔をしていることに。
 両親とのやりとりがひと段落して、ルードヴィグにメッセージを送りかけたところで、アンナに「おろしたい」と言われた。初めは意味が分からなかったよ。「おろす? 何か高いところにあるものをおろしたいの? もちろん、俺に任せてよ。だって今きみのお腹には神さまが宿っているんだからね」なんて上機嫌に言ってさ。
「そうじゃなくて」よく見れば、彼女の顔はやつれてぼろぼろだった。今朝エコーに出かける前は、あんなにもきらきらと輝いていたのに。「堕胎したいの」
「どうして?」
 俺は驚きを隠せなかった。
 堕胎したい? どうして? 彼女はあんなにも妊娠を喜んでいたのに。プロライフなのに。我が子にハンディキャップがあっても産む、と断言していたのに。その我が子が神さまだ、という素晴らしい情報を得られたばかりなのに。
「無理なの」彼女の目からぼろぼろっと涙がこぼれた。「気持ち悪いの。私、てっきり子供の体から何かが欠けているんだと思ってた。あんな、蜘蛛みたいな……。あんなのが私の中にいるだなんて、気持ち悪くて耐えられないの。技師の方も言っていたでしょ? 『幸いなことに、ここはカリフォルニア州だから中絶できる。だけどもう二十週目だから、決断は早急にしてください』って。どうしてあなたもお義母さんもお義父さんもそんなにはしゃいでいるの?」
 俺はパニックになりながら「中絶したいの?」と改めて聞いた。せっかく神さまを宿したのに、中絶したいの?
「中絶なんてすべきじゃない」
「え?」俺は眉根を寄せる。
「だって、中絶は殺人よ」アンナの声は震えていた。「産まれる前の、きれいな命を殺していいわけがない。中絶をするだなんて大罪よ」
「……じゃあ、中絶はしないんだね?」
「あんな不気味な生き物を、あと二十週近くも私のお腹で育てるの?」彼女がうずくまって頭を抱える。「私があれを出産するの? 無理よ。今すぐおろしましょう」
 俺は立ち尽くす。
「きみはどうしたいの?」
 やっとのことでたずねると、アンナが真っ赤に充血した目を、涙にまみれた顔を上げた。
「私はどうすればいいの?」

 結局、その日は二人とも決断をくだせなかった。
 ルードヴィグと話がしたかった。チャットじゃなくて、電話じゃなくて、顔を見て直接話がしたかった。そうすれば少しは落ち着けるような気がしたから。
 だけどあいつはスウェーデンで、俺はアメリカで、片道十二、三時間もかかるんだ。なるべくゆっくり話したかったから、移動の時間も含めたら最低でも二泊三日はいる。本当のところをいうと、一週間ぐらいあいつとサマーハウスで湖でも眺めて過ごしたかった。
 俺は精神的に不安定な状態にあるアンナを、長く一人にさせるのが怖かった。それなら旅費を負担してルードヴィグに来てもらおうかとも思ったんだけど、あいつの奥さんも身重なわけだから、非常識かなって。
 俺、大学と同じ州で就職したからさ、近くにも友達はいっぱいいたんだよ。
 誰か適当なやつに相談しようかな、って思った。でもできなかった。
 アンナに堕胎したいって言われるまでさ、俺、ひとしきり両親と喜びを分かち合ったあと、手当たり次第に友達にモーハンのエコー画像をシェアするつもりでいたんだ。『どう? 俺の妻、神さまを宿してたんだよ。すごくない?』ってね。
 だけど考えが変わった。
 あれ、もしかしてモーハンの体ってヒンドゥー教徒以外には不気味なのかな、って気付いちゃったから。
 相談をするためには情報を提供しなくちゃいけない。
『先日二十週目のエコーを受けたんだけど、妻がいきなり堕胎したいって言い始めたんだよね』
『ワオ。どうして?』
『子供の体が“特別”で』
『へぇ。どんな?』
 モーハンのエコー画像を見た非ヒンドゥー教徒が、口を揃えて『ああ。これは堕胎もやむなしだね』と同情してきたら、俺はどんなマインドでそれを受け止めればいいんだ?
 どうにもならなくなって、俺は両親に電話で相談した。
 そんなことをすべきではなかったのに。
 両親は激怒して、アンナのスマートフォンに叱責の電話をかけた。俺は慌てて彼女からスマートフォンを取り上げ、その場で両親に「アンナを責めないでくれ」と注意した。「そんなことをしてほしくてあなたたちに相談をしたわけではない」と。
 両親には「もう金輪際アンナに電話をするな」と伝えて、彼女には両親の電話番号を着信拒否させた。だけどもともとナーバスになっていたところを責め立てられたわけだから、彼女はたった一度の短い通話ですっかり参ってしまった。普段は何千万、何億が絡むビジネスでズバズバ決断をくだす彼女だけれど、そのときばかりは大きな決断をくだせる精神状態になかったんだ。
 俺が責任を負えばよかったんだろう。俺の決定で、彼女に堕胎をさせればよかったんだろう。
 だけど俺はそうしなかった。表向きは彼女の心のケアをしながら、じりじりとカレンダーをチェックしていた。
 待っていたんだ。手遅れになるのを。
 だって、妻のお腹に神さまが宿っているんだ。こんな素晴らしいことは、何百回輪廻りんねしたって普通は経験できないんだ。
 今モーハンがいることから、分かるよね。彼女の精神が回復する前に無事——最低だけど、俺にとっては“無事”——堕胎できない週数になった。
 もちろん医師から確認の電話があったよ。「産まれてきた子供の体がまともに動く保証はどこにもありません。歩くことも叶わず、一生を寝たきりで過ごすはめになるかもしれません。外側がこうなのだから、内側にもおそらくいくつかの奇形があるでしょう。少なくともエコーで心奇形は発見できた。産まれてきたところで、長生きできない可能性が非常に高い。今日中に決断をしていただかなくては。堕胎されますか?」俺は電話を受けてマンションの外に出ていた。アンナに聞かれたくなかったからだ。俺は高層マンションの窓がぎらぎらと太陽の光を反射するのを夢でも見るような心地で見つめながら、きっぱりと言った。「いいえ。堕胎はしません」
 出産までの彼女は見ていられないほどだったよ。
 日に日に憔悴しょうすいしていく。ろくに食事も取らない。妊娠前でもそんなに激しいトレーニングはしてなかったでしょ、って内容のトレーニングを一心不乱にやって、ジムのスタッフが「止めても聞いてくれないんですよ」って弱りきって俺に電話をかけてくる。いやにシャワーが長いなと心配して覗きに行ったら、バスタブに冷水を溜めて肩まで浸かり、頭上からもシャワーで冷たい水を垂れ流して真っ青な顔でぶるぶる震えていることも何度もあった。それから一度だけ。目に見えてお腹が膨れだした時期に、彼女が自宅で自分の腹にダンベルを打ちつけ出して俺が羽交い締めにして止める、って事件もあったよ。
 どうにかして流れてほしかったんだろう、きっと。
 だけど彼女も我が子への愛情はあったよ。なければあんなに悩まなかった。
「産まれてきたら愛せるかも」
 彼女は自分に言い聞かせるかのようにその言葉を繰り返していた。
「実際にこの腕に抱いたら、かわいくてたまらなくなるかも」
 無理だったね。実際には。
 帝王切開で、立ち会い出産だったんだけど。モーハンと対面したアンナは完全にパニックを起こしていた。
 宥める俺に彼女は言った。「育てられない」と。顔面蒼白で「どうしよう。絶対に育てられない」と。
 俺はモーハンを施設に入れたり、養子に出したりするのは絶対に嫌だった。
 だって、神さまだ。俺とアンナから生まれた、奇跡の神さまだ。
 俺は両親に頼ったよ。
 彼らはすぐにアメリカに飛んできてくれた。アンナに説教すると息巻いていたから、病院のスタッフにも協力してもらって、アンナの病室の場所は絶対に教えないことにした。
 病室をね、出産直後にふたつ取ったんだ。アンナがモーハンを見ると不安定になるから。モーハンの世話は俺がしていた。
 病院を訪れた両親は逆上していたけれど、モーハンと対面したらすべてがどうでもよくなったらしい。
 分かるよ。俺には。だってすごくきれいだったんだ。
 病室は個室だったんだけど、俺が「アンナと両親を会わせるのは心配だから、彼女の部屋は伏せた上で念のために鍵もかけておいてください」とお願いしたせいか、両親の訪問時にはスタッフが一人同席していた。監視役みたいな感じで、スタッフの中で一番屈強な三、四十代の男がね。
 彼は、ベビーベッドの前にひざまずいて泣きながらモーハンの足に額をつける両親を見て引いていた。俺は引かなかった。だって、俺もしたんだ。モーハンと二人きりの部屋で、ひそかにね。
 俺は両親と感動を共有できたことが本当に嬉しかった。
 産院のスタッフは、極めてフラットに俺に接してくれていた。でも、『お子さんの体がスペシャルでよかったですね』というスタンスでは絶対にないんだ。『これからは個性を尊重してゆく時代なのだから、あまり気を落とさないで』というスタンスなんだ。モーハンの体は俺にとってものすごくプラスなんだけど、彼らにとってはあくまでマイナスなんだ。
 モーハンは通常のスケジュール通り二泊三日で退院できることになった。
 心配していた内部の奇形はほとんどなかったんだ。心臓に緊急性の低いサイズの穴が開いていたけど、そのぐらい。彼は元気で、体のパーツもすべて動いていた。もちろん、それがただ動くだけなのか、はたまた自らの意思で動かせるのか、彼は将来歩けるようになるのか、その時点では何も分からなかったけどね。
 退院は生後三日目だけれど、飛行機に乗れるのは生後八日目からだ。乳児健診のスケジューリングもあって、生後十日目のフライトを予約した。
 フライトの日まで、俺と母とモーハンの三人でウィークリーマンションで暮らしたよ。もちろん俺は毎日アンナのところにも顔を出していた。
 父はひと足先に帰国していた。引っ越しをするためだ。
 両親はずっとムンバイで暮らしていたんだけど、老後はヒンドゥー教の聖地であるハリドワールに住みたいって前々から言っていたんだ。いい機会だから引っ越そう、ってことになって。
 ハリドワールに移住して、言わずもがなモーハンは信仰された。当たり前だよ。あんな子供が聖地にいたら、信仰されるに決まっている。
 俺は一ヶ月に一度サンフランシスコからハリドワールへと通った。遠いからめちゃくちゃ大変だったよ。だから、アンナに黙って異動願いを出した。俺の会社はインドのデリーにも支社を持っていたから。
 異動願いは受理された。俺とアンナは同じ会社で働いていたから、二人揃っての異動だった。
 上司から異動に関する面談の日程を相談されて、彼女はうろたえていた。
「どうして?」
 帰宅した彼女に問い詰められて、俺はわざと平然と答えた。
「だって、毎月のフライト代が馬鹿にならないよ。片道二十時間以上かかるし」
 騙し討ちみたいなことをして、俺は最低だね。
 そんなこんなで、俺たちはデリーに移住した。モーハンが六歳のときのことだ。
 デリーからハリドワールは片道五〜八時間ぐらいだから、俺は毎週モーハンに会いに行った。金曜日に仕事が終わって、ハリドワール行きの夜行バスに乗る。ハリドワールで土日を過ごして、夜行バスに乗り、月曜の朝にデリーに着いて仕事へ行く。
 モーハンを見ているだけで幸せだった。医師の見立てに反して、彼は寝たきりになどならなかった。さらに驚くべきことに、彼はすべてのパーツを自分の意思で動かせたんだ。神的な体ですらすらと動くモーハンは、もはや神以外のなにものでもなかった。
 モーハンにお祈りプージャをするのが好きだった。モーハンが大勢からプージャをされるのを見るのも好きだった。これこそが彼のあるべき姿だ、と思った。彼は気味悪がられるのではなく、人々から愛され、信仰されるべきだ、と。
 俺はルードヴィグに《今年の夏はハリドワールに来ない? 俺の息子に会いにきてよ。そっちの夏休みの時期にでも、ぜひ家族みんなで》と浮かれたチャットを送った。
 それまで俺はルードヴィグにモーハンを会わせたことがなかったんだ。機会がなかったとかそういう話じゃなくて、写真も見せたことがなかった。あいつならフラットに受け入れてくれるだろうとは思ったけど、サンフランシスコにいた頃はヒンドゥー教徒以外にモーハンの姿を見せるのが本当に怖くて。あいつは『息子に奇形があって、きみに写真を見せる勇気を出せない』という俺の意見を尊重してくれていた。
 だけど、毎週ハリドワールで外国人からも愛と崇拝の目を向けられているモーハンを見て、調子に乗ったんだ。あ、なんだ、アンナがたまたま過剰にモーハンの姿を受け入れられなかっただけで、普通の外国人は案外モーハンの姿を好きなんじゃないの? ってね。今思えば、アクセスの悪い聖地ハリドワールにわざわざ来るような外国人は、もともとヒンドゥー教が好きでヒンドゥー教の神々の姿を見慣れている、ってだけの話なんだけど。
 数時間後にルードヴィグから返信が来た。
《会いたい! 残念ながら家族には断られちゃったから、一人で行くね》
 冷や水を浴びせられたような気分になった。
 奥さんが断ったのは、仕事の都合かなって納得できる。だけど、六歳の息子が夏休みに父に旅行に誘われて——しかも、旅行先には同い年の同性がいる、というわくわくした条件下で——断るか?
 どうして断られたんだろう?
 やっぱり、モーハンが奇形だから?
 うん。違うよね。違うんだよね。でも、当時の俺はそう思い込んでしまった。
 結局、《ごめん。やっぱり会わせる勇気が出ない》とルードヴィグにもモーハンを会わせずに終わった。
 モーハンが八歳になるまで、俺はデリーに住んでいたよ。
 八歳のなかばぐらいだったかな。俺たちはベンガルールに引っ越した。アンナの精神が限界に達したんだ。モーハンがほど近いところに住んでいることと、俺が毎週嬉々としてハリドワールに通うことが、彼女には耐えられなかった。
 とはいえ、ベンガルールからハリドワールだって飛行機を使えば片道四、五時間だ。
 毎週行こうと思えば行けたね。だけど我慢した。それでも月に一、二度は行ったよ。
 そして、モーハンが十二歳のときだ。
 俺の父が死んだ。
 ハリドワールでの三人分の家賃はずっと俺が払っていたから、そのまま払い続けて母とモーハンの二人で暮らしてもらう、という手もあったよ。だけど老齢の母と十二歳のモーハンと、心配じゃないか。
 俺はアンナに相談した。
「母とモーハンにベンガルールに来てもらおうかと思うんだけど、どう?」
 俺の父が死んだと聞いたときから、アンナはその話をされることを覚悟していたらしい。真剣な面持ちで固唾を呑んでから聞いた。
「それは、四人で同居をするということ?」
「まさか。違うよ。近くにもうひとつ部屋を借りて、そこにモーハンと母さんの二人で住んでもらうんだ。そうだね、車で十五分ぐらいのところ。俺はときどきそっちに泊まることもあるだろうけど、きみは彼らと接触しなくてもいいから、安心して」
 アンナが目を伏せて押し黙った。部屋の沈黙が苦しくて、俺はおちゃらけそうになるのを懸命にこらえて返事を待った。
 顔を上げないままアンナが言った。
「四人で暮らさない?」
「え?」
 アンナが自身の前髪をぐしゃりとかき上げる。彼女の唇は今にも泣き出しそうに震えていた。
「今からでも親子関係をやり直すことって、可能なのかな」