「先週のさ、」
「ん?」
「先週の。ぼくがラジェシュさんたちと植物園に行って、きみが一人でどこかへ出かけてた日」
「うん」
「あの日って、もしかしてお寺に行ってた?」
「うん」
モーハンがロールパンにカレーをディップしながら頭を揺らした。今日のカレーの具材はカッテージチーズだ。
「火曜日にお寺へ行く習慣?」
モーハンがお寺へ行った昨日は火曜日。そして、先週彼がお寺へ行ったのも火曜日だ。キリスト教徒が毎週日曜日に教会へ行くように(ぼくたち一家——一応スウェーデン教会だけれど総じて信仰心が薄い——は毎週日曜日に教会へ行ったりなどしないが)、ヒンドゥー教徒は毎週火曜日にお寺へ行くのかもしれない。名推理では、とひそかに興奮していたのだが、モーハンは「いや?」と簡単に首を横に振った。
「そんなことないよ。たまたま」
「あ、そっか」
気を取り直して質問を変える。
「大体週に一回お寺へ行くの?」
「うん。今は学校休んでるから毎日行ってもいいんだけどね。行くと楽しいけど……消耗もするから」
「消耗?」
モーハンが無言で頭を揺らした。ぼくは少し考えてから「あ、」と思い至る。
「体力的に?」
心臓の特性から、疲れやすいのだと以前彼は言っていた。
「それもあるけど」モーハンがロールパンをちぎり、ちょっと止まった。口を笑った形にして「ぼくさ、」と長いまつ毛を伏せる。
「ぼく、ハリドワールにいた頃はめちゃくちゃアウトドア派だったんだよね」
「え、そうなの?」
一日の大半を自宅で過ごす今の彼からは想像もつかない。
「うん。あの、アウトドア派って別にキャンプとか登山はしないけど。毎日みんなと外で遊んで、一人のときも日中は大体外にいてさ」
「なんで?」
「楽しかったから」
モーハンが極めてシンプルな答えを返した。彼は指先のロールパンをフィジェットトイのようにいじくり回している。
「今は楽しくない?」
「うん……」
さっとモーハンの顔が翳った。
「あ、ごめん」
慌てたぼくに、彼が「ううん。大丈夫」と首を横に振る。
「その話をしたくて、今しゃべってるんだから」
そのときようやく、彼は自身の手の中でぼろぼろになりつつあるロールパンの存在に気付いたらしい。おざなりに口に放り込む。
「なんで楽しくないのか分かる?」
モーハンがぼくを見上げて聞いた。ぼくは返事に窮する。
こうではないか、という予想はある。しかし口にしてもよいものかどうか。
「そんなに緊張しなくても」モーハンが表情を和らげる。「別に外しても怒んないよ」
「失礼な発言だったらごめん」断ってから言う。「……みんなにじろじろ見られるから?」
「まあ、それもある」モーハンが頭を揺らす。「じろじろ見られること自体は、生まれたときからそうだからいいんだけど。視線の種類がハリドワールとここでは全然違うから、しんどいね。ハリドワールみたいに、敬愛と崇拝の視線ばっかり向けられるならいくらでも見てくれて構わないんだけど」
モーハンが冗談めかして笑った。
「それで。見たあとの態度がさ」
彼が左手の指を三本立てる。
「“あたらしい”人がぼくを見てぎょっとしたあとの態度は、三種類」
一本ずつ指を折りながら列挙する。
「まず、動揺しながらも平静を装う人。次に、モンスターでも見るような目でぼくを凝視する人。最後が『初めから何も見ていませんよ』みたいな顔でバッと目を背ける人。一つ目は平等に努めようとしてるいい人だなって思うし、まったく問題ないよ。二つ目は、まあ、めちゃくちゃ失礼だけど。酷すぎて笑っちゃうから別にいい。一番悲しいのは三つ目。だって即座に目を逸らしてもともと見てなかったふりをするって、『あなたとは関わりたくありません』っていう明確な拒絶じゃん。しかもこれ、割合的に一番多いからね」
そういう考え方もあるのか、とぼくは驚いた。
彼ほどではないにせよ、ぼくもじろじろ見られがちなほうだ。白い髪に白い肌、スカイブルーの瞳というのはやたらに目立つらしい。
強い視線に気付いたとき、ぼくは極力そちらを見ないようにする。要は無視だ。人の容姿に反応して不躾な視線を送るような輩と、馴れ合うつもりはまったくない。
その上で、うっかり目が合ってしまった場合。
パッと逸らされると『あ、失礼なことをしてしまったという自覚はあるんだな』と少し好感を持つ。反対に、これ幸いとばかりに笑顔で駆け寄られて親しげに容姿を褒められると、激しい嫌悪感を抱く。
はたとあることに気が付いた。
ぼくをじろじろ見る人のほとんどは、あくまで体感ではあるが、ぼくの容姿に対して好意的な感情を持っている。ハリドワールにいた頃のモーハンもきっとそうだった。しかしベンガルールに来てからのモーハンは、人々から奇異の目で見られている。
奇形、障害者、病人、セクシュアルマイノリティ。
そういったものの扱いは、彼の言うところの“あたらしい”人であればあるほど慎重だ。なぜなら、そういったものに対してなんの気なしにした言動を『差別的だ』と取り上げられ、尾ひれが付きに付いてとんでもない騒動に発展する、という事例は枚挙にいとまがないからだ。
絶対に騒動を起こさないためにはどうするべきか? もっとも簡単な方法は『デリケートな特性を持った人間と関わらない』だ。
じろじろと見てくる人から目を逸らされたとき、ぼくとモーハンで感じ方が違うのは当たり前だ。だって、ぼくが逸らされるのは『無礼を恥じる心から』、彼が逸らされるのは『デリケートな特性を持った人間と不用意に接触して、やっかいなトラブルに巻き込まれるのを防ぐため』なのだから。
傷つくに決まっているだろう、それは。
「そういうのに疲れるから外に出たくない、っていうのが二割。それと、外にいるといつパニック障害が起きるか不安でそわそわするから、っていうのが三割」
「え」ぼくは目をまたたかせる。「あとの五割は?」
「あとの五割は、」言いかけて、チャイを一口飲む。「……え、確認なんだけどさ。ぼくが神さまだって聞いて、具体的にどんなイメージをした?」
「具体的に?」
「具体的に、人々がぼくをどう扱ったと思ってる?」
「……えっと、敬意を持って接していた……?」
「もっと具体的に」モーハンが笑う。「具体的、かつ宗教的に」
「えっと、」
実を言うと、ぼくは『神として扱う』という言葉に真っ当なイメージとカルト的なイメージのふたつを持っていた。いきなりカルト的な方から伝えて『失礼だな』と嫌われてしまっては困るから、まずは真っ当な方からだ。
真っ当な神への接し方、といえば。
「人々がきみを神として意識に置いて、日々きみを想って祈りを捧げていた……?」
「……想って、っていうか、」
モーハンの言葉にぼくはぎくりとした。モーハンが左腕と食事に使っていないほうの右腕を組んで小さく唸る。しばらくのちにパッと顔を上げる。
「ごはん食べ終わったら、部屋に来ない? 直接見たほうがイメージしやすいと思うから」