14 お寺に行きたくない

 翌朝モーハンに「え、確認なんだけど。手術で心臓の壁の穴を塞ぐんだよね?」と確かめた。モーハンの顔があからさまにくもり、後悔する。
「うん……」
「あの、ごめん。手術の話なんかしたくないよね。えっと、嫌な話題は全部無視してくれていいから」
 話題を変えよう、と必死に頭を働かせる。だがすぐには出てこない。ぼくが次から次に適当な話題を思いつくような人間であれば、『生まれてこのかた十四年間友達がいない』なんて事態には陥っていないのだ。
「あ、」不意にモーハンが声を上げた。「そうだ。ぼく、今日は一緒にお昼食べられないから」
「え、」
 ぼくの表情があまりに不安げだったせいだろう、モーハンが「違う違う」とからから笑う。
「別に手術の話を振られて気分を害したとかじゃなくて。出かける予定があるんだ」
「え、」思わず身を乗り出す。ぜひ一緒に行きたい。「どこへ行くの?」
「お寺」
 ぼくは固まった。モーハンが「あれ」とぼくの前で手をひらひらさせる。
「大丈夫?」
「うん」取り急ぎ頷いてから、おそるおそる質問する。「え、だってお寺……、……嫌いでしょ?」
「なんで。ぼくそんなこと言った?」
 モーハンが簡単に笑い飛ばした。ぼくは「え? だって、え?」と狼狽ろうばいする。
「だって、あの日。ぼくがインドに来た次の日。みんなでどこへ行こうかって話をして、きみはお寺をめちゃくちゃ嫌がってたじゃん」
「……あー」ぽり、とモーハンが首筋をかいた。「えっと。お寺はね……好きだよ。でも、あのー……、……アンナと行くのが嫌だった」
 ああ、とに落ちる。
「え、じゃあぼくと一緒に行くのはいい?」
 うーん、とモーハンが渋い顔で唸った。『いいよ』と即答してもらえるものだとばかり思っていたぼくは動揺する。
「……え、何が嫌?」
 理由を確かめるのは怖かった。だけど勇気を振り絞って聞いた。モーハンが「うぅーん……」ともう一度唸ってから言いにくそうに答える。
「……ヒンドゥー教以外の人と、一緒にお寺に行きたくない」
 ぼくは「ああ」と胸を撫で下ろした。よかった。『ダグと一緒に行きたくない』という理由ではなくて、本当によかった。一緒に行けないのは残念だが、宗教上の理由とあらば致し方ない。
「え。ぼく詳しくないんだけど、ヒンドゥー教のお寺ってあんまり異教徒を歓迎してない感じ?」
「ううん。そんなことないよ。ヒンドゥー教を尊重してマナーを守ってくれるなら誰でも歓迎する、ってところがほとんどだと思う」
「でもきみは嫌なんだ?」
「嫌っていうか……」
 モーハンの言葉尻が消えていく。
 ちら、と彼が上目でぼくをうかがう。長いまつ毛に縁取られたグリーンの瞳につい見とれそうになる己を律しながら、真剣な面持ちを心がけて彼の言葉の続きを待つ。
「……ヒンドゥー教徒以外が、お寺に行くこと自体は別にいいと思う」ぽそぽそとモーハンが話し始める。「ただ……、ぼくが一緒に行くのは嫌、ってだけで」
「うん」一度頷いてから「うん?」と首をひねる。
「えっと。つまり……きみがお寺にいるときは異教徒にお寺にいてほしくない、って話……?」
「いてもいいんだけど」モーハンがもどかしそうな顔をする。「えっと、どう言えばいいの。いてもいいんだよ。特定の条件さえ満たしてれば、いてくれても全然いい」
「え、その条件って? もしかしたらぼくも満たしてるかも」
 前のめりにたずねた。
 思えば、彼とマンションの敷地外で一緒に過ごしたのは、初日の空港とラジェシュの車の中、あとは三日目のショッピングモールだけだ。ぼくは彼と一緒にいられるだけで幸せだから、ずっとマンションの敷地内で過ごすことになんら不満はないのだが、おでかけをしたらしたできっと楽しいから、チャンスがあればぜひしたい。
 モーハンが困ったように眉を八の字にした。
 ぼくも眉を八の字にする。モーハンはぼくに条件を教えることすら嫌なのか? どうして? ひょっとすると、ぼくがぐいぐい行くから仕方なく朝のプールや昼食を共にしてくれているだけで、実はぼくのことを嫌いでうっとうしいと思っているのでは?
 危うくネガティブの海に沈みかけたところを、モーハンの「あ」という声で正気に返った。見ると、彼は高層ビルの谷間から覗きかけているまばゆい朝日に目を細めていた。
「ごめん。ちょっと沐浴もくよくするね」
 モーハンがTシャツとルンギを取り払い、とぷんとプールに沈む。
 先日、インターネットで調べて『沐浴は基本的に日の出とともに行う行為だ』ということを知った。
 だけど今のモーハンは、『適切なタイミングで沐浴をすること』よりも『ぼくとの会話から逃れること』を主として行動しているように、ぼくの目には映った。