21
昼食は、砂日の希望で回転寿司を食べた。
不登校になってから六年が経過していたが、外食はときどきしていた。食べたいものを伝えると、両親が連れて行ってくれたのだ。
しかし、両親との食事はまったく楽しくなかった。彼らが終始怯えた横目で砂日をうかがっているからだ。砂日がちょっとソースを取ろうと手を伸ばしただけで、びくりと肩を強張らせるのだからやっていられない。無論、食事中の会話などなかった。
北野との食事は楽しい。
この感情が砂日の中に芽生えたのは、今朝のことだ。
旅の初日、噴水のふちでのファストフードでは、互いに腹の探り合いをしていた。その晩のバーベキューでは、北野は大学生たちとしゃべっていて、砂日は一人で食べていた。翌日以降の食事では(いや、食事以外の四六時中もだ)、北野はなんだかピリピリしていた。
今朝、正確には昨晩のアイスの自動販売機からか。北野の態度が突然軟化したのだ。
彼には心配性の気があるため、車と当面の金が手に入ったことで精神が安定したせいではないか、と砂日は分析している。
昼飯のあとは、北野の運転で彼が行きたいと言ったホームセンターに寄った。駐車場は空いていたが、彼は入り口から遠い場所に車を停めた。「少し時間がかかるかも」と言われたので、砂日は助手席で目をつぶった。散策に出てもよかったのだが、日差しが強かったのだ。
一度、物音で目を覚ました。見ると、北野が後部座席で何やら作業をしていた。出発にはまだかかりそうだ。再び目を閉じる。
どのぐらい経っただろうか。ひやりと頬に冷たいものを当てられて飛び起きる。
「お待たせ」
北野が砂日の頬からペットボトルを離し、こちらの手元へとやった。見れば、スポーツドリンクだ。受け取って二口三口飲む。北野は「熱中症にならないようにね」とホームセンターの袋をガサガサやって、飴の袋のようなものを取り出した。「何?」と砂日は手を出す。
「塩分タブレット」
彼は飴、もといタブレットの袋を開けて、個包装のそれを砂日の手に置いた。砂日は封を切って口に放り込み、ボリボリと食べる。
しばらく砂日の運転で下道を走ったのち、ガソリンを入れて、高速道路に乗った。
夕飯はサービスエリアのフードコートで取った。
砂日はステーキを、北野はしょうが焼き定食を食べた。食後にはそろってソフトクリームを舐めた。
「出発する?」
車に戻ると、北野が聞いた。砂日は首を横に振る。
「眠い……」
北野が運転するのならば出発しても構わなかったが、彼も眠たかったと見えて、今日はここに泊まることに決定した。
砂日は一度車のシートをリクライニングしたものの、あまりに蒸し暑かったため、今にも下りそうな瞼を無理やりこじ開けて車を降りた。北野が「トイレ?」と訊ねる。
「外で寝る……」
「ええ? なんで」
「あっちーもん」
砂日はふらふらと芝生に向かった。適当なところでごろりと横になる。外も気温は高いが、時折抜ける風が心地いい。快適さに頭がすっきりとして、眠気が少し退く。
ぼんやりと空を眺める。サービスエリアは明かりが多いため、空はフィルター越しに見たかのように不鮮明で、ろくに星は見えない。
やがて芝生を踏む音が近付いてきた。見上げると、北野が何かを抱えて立っている。
「何?」
「俺もここで寝る」
「あ、そう?」
北野は胸に抱えたそれ、大きな黒いゴミ袋を芝生に広げて、義足を外すとゴミ袋の上に寝転がった。
ちらり、と北野がこちらに視線を向ける。砂日の両親がするような、おどおどとした不快な視線をではない。寝ているかな、起きているかな、とただそれを確認するためだけの単純な視線をだ。彼は砂日が起きていることを確かめると、まっすぐに腕を伸ばして天を指した。
「知ってる? 北極星」
「何?」
「北極星。こぐま座の中の、一番明るい星なんだけど」
「へえ」
たいして興味も湧かない。砂日はそれを隠しもしないあいづちを打った。北野の示す先を探しもしない。どうせ、見たって分からない。
「北極星はね、天の北極にあるから、一晩中動かないんだよ」
北野は砂日の態度を気にするそぶりもなく、独り言のように続ける。
「北の星。北野、星。俺はね、こんな体で、動かないから、動けないから、この名前を付けられたんだ」
思わぬところに着地した会話に、砂日は面食らって北野の顔を見た。
天上を見据えていた北野が、砂日の視線に気が付き、こちらを向いて微笑した。「違うと思う」と砂日は眉をひそめる。今度は北野が面食らう番だった。
「お前、埼玉県からこんなとこまで来といて……」砂日は呆れ返る。「めちゃくちゃ動いてるじゃん」
北野が二秒ほど息を止めたのち、声を上げて笑い出した。「そうだね」と彼は笑いすぎて出たらしい涙を指でぬぐう。
「違うよ。その通り。北極星はね、人々の道標になるんだ。そういう人になってほしいからって、それが由来だって、子供の頃に両親から聞いたよ」
「じゃあ、今の話何?」
意味が不明で、砂日は眉間のしわを深くした。「なんでもない」と北野がおかしそうに首を横に振る。
「ちょっと、ふざけたくなっただけ」
「何、お前。酔ってんの?」
「酔ってないよ。呑んでないし……」
北野は一人満足した顔で、会話を切るとにやにやと空を眺め始めた。
なんなんだよ、と砂日は独りごちながら改めて目をつむる。すぐに見開き、「北野!」と彼の方を向いた。突然大声で名前を呼ばれて驚いたのか、「はい」と北野が飛び起きる。
「北野! 北野星! 俺、お前知ってるよ!」
砂日も半身を起こして、北野を指す。北野は「それ、旅の初日に聞いたよ」と当惑の色を見せる。「じゃなくて……」と砂日はかぶりを振る。
「お前、さぁ。テレビ出てなかった? 昔。なんか、ロボットのやつ」
「あぁ……」
北野が目をまたたかせる。
「びっくりしたぁ。出てたよ、一回。よく覚えてたね」