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12

 コインパーキングに並んだ車のドアハンドルに手をかけ、ぐっと引く。開かない。砂日はそれをすべての車に対して行う。ひとつも開かない。チャレンジはこのコインパーキングで三カ所目。結果は全敗だ。
「あ————」
 むしゃくしゃと空をあおぐ。傍の路地を歩く老人が、いぶかしげにこちらを見る。
「目立つって。ていうか、監視カメラとかあったらまずいからそのへんでやめといたら?」
 少し離れたところにある縁石に腰かけた北野が、地面に視線を落としたままぼそぼそと言った。彼の目は朝からずっと眠たそうに、また眩しそうに細められている。
「開けとけっつーのぉ……」
 砂日は彼の注意を無視してぼやいた。
「仮に開いててもさ、鍵がないとエンジンかからないから」
「鍵付けとけっつーの」
「めちゃくちゃなこと言ってるよ、きみ」
「だってさぁ!」
 砂日は大股で北野のもとへと向かう。到着して彼の隣に腰を下ろし、おや、と口をつぐんだ。北野が寝ている。
 昨日までこんなことは一度もなかった。しかし、今日はこれで五度目だ。
 ぐっすりと眠るわけではない。ほんの一、二分、長くとも五分、気を失うようにふっと意識を手放すのだ。
 砂日は立ち上がると、北野の自転車のバスケットのエコバッグに手を入れた。あたりめを二、三つかんで口に放り込む。もう一度。もう一度。
 北野が目を開いた。
 砂日は口の中のあたりめを飲み込み、ペットボトルに入れた水道水をごくごく飲んだ。改めて、北野の隣に座り直す。昨日までの彼なら「あたりめ臭い。きみ、勝手に食べたでしょ」と目ざとくとがめていただろうが、今日の彼はぼんやりするばかりだ。
 なんの話をしていたっけ、という顔で北野が視線を巡らせる。砂日は「まだ寒い?」と彼の顔を覗き込んだ。日に焼けて赤いのに、なんだ肌の奥が青白いようで奇妙だ。
「寒いっていうか、なんか、よく、分からない」
「熱はねぇもんなぁ」
 右手の甲を北野の首に当ててみる。今朝彼が「寒い」というものだから、風邪でもひいているのかと思った。しかし、そのとき触れても、今触れても、彼の体はいやに冷たい。
「疲れた?」
「んー……」
「そりゃ疲れるよなぁ。俺も疲れたもん」
 北野は曖昧な唸りを返したのみだったが、一緒に旅をしている俺がこれほど疲れているのだから、ともに歩いた北野もきっと疲れている。実際問題様子がおかしいのだから、これはもう間違いなく疲れている。そういうことで話を進める。
 もう四日も旅をした。
 旅の初日、砂日は「どこまでも行けるぞ」と思った。
 和歌山県の方角を向いてさえいれば、どの道を進んでもいい。これは楽しい、あっという間に和歌山県に到着してしまうぞ、どうしよう、とワクワクしていた。
 ところがどうだ。旅は四日目。四日間、俺たちはずっと山梨県をさまよい続けている。
 二、三時間ほど前、マップアプリを開いた北野に現在地と山梨県K市の駅を交互に指し示され、「これ、マジ?」と何度も確かめた。
「バグってない?」
 疲労と進んだ距離がまったく見合っていない。この調子では、和歌山県に到着する前に過労で動けなくなってしまう。
 どうすればいい?
 そう、車があればいい。
 コインパーキングで、施錠されておらず、鍵が付いている車を探し始めた理由がそれだ。
「今日中に一台ぐらい見つかんねぇかなぁ」
「ていうかさ、見つかってもどうしようもないよ。俺たち運転できないんだから」
「だからぁ、俺レーシングゲームめちゃめちゃ得意なんだって。ハンコンだから。ハンドルのやつだから。マジで運転できるから」
 さっきも言っただろ、バカだな。砂日はそんな口調で言った。数十分前の北野は「ゲームではできてもさ、リアルとゲームは別だから」と言い返した。今度の北野は、疲れたように首を横に振る。
「できたとしても、どうせ車はないんだから」
「だから俺が探してやってんだろぉ?」
 語尾を高くした砂日に、北野はため息をついて顔を背けた。これ以上やり合う気はない、というジェスチャーだろう。砂日だって無駄に体力を消耗したくはない。
 砂日は次のコインパーキングを探すべく立ち上がった。
 大股で歩き出す。少しの間を置いて、自転車の車輪の音と力のない足音がついてきた。